2 鴻野涼介の章

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【 対抗意識 】 「やっと会えた、よかったねタケル」 成瀬の声はまだ息を弾ませていた。 「タケルおはよう」 声をかけると、タケルはそのまま俺をスルーして通り過ぎてしまった。 「はははっ」 声を出して笑う成瀬。 その笑顔は見ただけで気分が浮ついた。 成瀬の感じがまた更新されていた。 このあいだ、学校で見かけた時ポニーテールだった。その時もそのアップデートに衝撃を食らったけど …… 今、柔らかそうなその髪は肩の上でバウンドするほどに長くなっていた。 ・・・ 「猫」 真っ黒いタイトなミニスカート …からスラッと伸びる脚に目線を泳がせるわけにはない ……ので、白いスウェットの正面で欠伸をしているプリント()だけに意識を集中させた。 「タケルっ !」 成瀬の右手から何かが飛び立った。 同時にタケルがダッシュする。 ・・・フリスビー 見事に水平を保ったままゆっくりと上昇する。 タケルが跳んだ。 ・・・凄っ その跳躍は1メートルを優に超えていた。 アクロバティックな空中姿勢。 思わず見惚れる躍動感。 その頂点でフリスビーをキャッチ。 無造作な着地からの余裕のウイニングランで成瀬の元に戦利品を届ける。 「かっこいいな」 「いつもはこんなに高く跳ばないよ ……きっと君に自慢したいのね」 「十分自慢に値する」 「投げてみる ?」 「うん」と頷く前に、フリスビーが真っ直ぐ顔の前に飛んできた。 「・・・きれいに投げるもんだな」 「シングルのバックハンドイメージ」 ・・・ 「なるほど」 すでにタケルは俺の手元だけに集中して半身でスタンバっていた。目がへの字に見えるのは気のせいか。 「いくぞっ」 ・・・バックハンド 力を抜いて軽く手首を返しながらフリスビーをリリースしてみた ……けど想像以上に高く遠くまで飛んだ。 タケルが猛然とかっ飛んで行く。 「ふふ」 声に振り向くと最高の笑顔があった。 俺を見て笑ってる ? 「えっ ………何 ?」 思わず大きな疑問符が口からでた。 「対抗意識がすごいなって」 ・・・対抗意識って 誰と誰の ? 「わっ !」 疾風が俺の脛を掠めて、成瀬の元へ駆けて行った。成瀬が手を伸ばすと尻尾を振りながらフリスビーを差し出す。 ・・・痛っ 「タケル、今わざと咥えたフリスビーを脚にぶつけてっただろ」 俺のクレームにタケルは知らん顔だった。 「それっ !」 成瀬がまた俺に向かってフリスビーを投げた。 たかが4、5メートルの距離。 キャッチするために手を伸ばした瞬間、フリスビーが消えた。 「タケルっ !」 フリスビーを掠め盗ったタケルが上目遣いで俺を見ていた。やっぱり目がへの字だった。 睨みつけるとテクテクと近づいて来た。フリスビーが鼻にくっつくほど上に向いていた。 “ 取れるものなら取ってみろ ” と言わんばかりだ。完全にケンカを売っているとしか思えない。 「くそー !」 再び、俺とタケルの格闘が始まった。
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