2 鴻野涼介の章

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【 ついでにLINEも ……】 「本当に何もないね」 俺のスマホに指を滑らせながら不思議そうに呟く。 「特に使わないし ……」 実際、筋トレやストレッチの動画 …あと大沢秋時のスイングや水野薫の守備の動画。 それくらいしかスマホの使い途がない。 「フォトアプリとついでにLINEも入れていい ?」 ・・・ライン 答える前に指がサクサク進んでる気が …… 「いいけど ……」 「入れるね」 ということは …… 成瀬とつながる ? 「あっ !」 いきなり成瀬が叫んだ。 ・・・えっ ? 「なっ何 ?!」 まさか、俺のスマホに何か …… ・・・マズいものでも ? 「タケルが闘ってる」 そう言って自分のスマホを差し出してきた。 「えっ ?」 「タケルの撮影お願い、これで撮って。私いま、きみのスマホで手が離せないから」 「タケル ?」 成瀬のスマホを受け取って、公園を見回す。 ツツジの植え込みのところのベンチに向かって、タケルが尻尾をブンブン振りながら、身体をモジモジさせていた。 ・・・何やってんだ ? よく見るとベンチの上で何かが動いている。 近づいてベンチにスマホを向ける。すでに動画撮影の画面が出ていたので、スタートボタンを押す。 ・・・カマキリ ? …とタケルが闘ってる ? 体長4、5センチのカマキリが鎌を振り上げてタケルを威嚇していた。 「クゥーン」 タケルが甘え声を発っしながら、鼻先を怖ず怖ずと近づける。空かさずその鼻面に鎌が一撃を放った。タケルが慌てて飛び退き、さらに甘ったれた声で身体をウネウネさせる。 ・・・アホか 両手でスマホを固定して、撮影に集中する。 俺は今、成瀬のスマホを手にしている …… そんなことを情けないくらい意識していた。 ・・・俺もアホか ……… あっ ! カマキリが翔んだ。 タケルがすぐに反応する。 その動きにスマホを合わせる。 画面には縦横に線が入っていた。それだけのことでずいぶん撮りやすいと感じた。グリッド線っていったっけ …… カマキリが群生するツツジに着地した。 タケルが尻尾を振りながら追いかける。 ツツジの枝に前脚を掛けて、目一杯背を伸ばしていた。残念ながらチビなタケルにカマキリは見えないようだ。 ツツジの群生の下から顔を突っ込んで見えないカマキリを探しまくっている。鼻息が荒い。きっと嗅覚をフル稼働している。 ・・・必死か 「ありがとう。撮影もういいよ」 いつの間にかすぐ後ろから声がした。 振り向いて成瀬からスマホを受け取る。 動画を止めてから成瀬のスマホを返した。 「少しづつ送っていくね」 ベンチに座って、すぐにスマホに指を動かし始めた。 「何を?」 「まず座って」 「タケルは ?」 ツツジの方に振り向くとタケルが消えていた。 「タケルなら大丈夫。ああいうの見つけたら仲々諦めないから」 よく見るとツツジの群生の中に潜り込んで、枝に挾まれながら、狭い空間で立ち上がろうと藻掻いていた。その真上あたりに鎌を振り上げるカマキリがいた。 “ ピンポン !! ” 手から突然大きな通知音が鳴り響く。 ラインの着信音だった。 “ ピンポン !! ” “ ピンポン !! ” “ ピンポン !! ” 通知音が断続的に鳴った。 成瀬は左手でスマホをタップし続けながら、右手でベンチをポンッと叩いた。 “ 横に座って ” のポンだった。 俺は反射的にベンチに座った。 こんなことくらいで躊躇してると、意識し過ぎと思われてしまう。 ・・・だけど 小さな公園のベンチ …… 隣に座っているのは成瀬千波。 こんなに近くに …… 経験したことのないザワツキ感。 “ そうよね。どうでもいいよね、まわりの目とか、雑音なんて ” あの時 …… そう言われてスマホに溜め込んだものをすべてリセットした。 スマホを開く。 久しぶりに見るライトグリーンのアイコン。 “ すすめ ” あの時、リスタートした。 そして今、成瀬が新たにページを作ってくれた。 ラインを開く。 “ ともだち ” を開く。 “ chinami _ naruse ” 開くと大量の写真といくつかの動画が送られてきていた。 「全部タケル」 小さな木製ベンチ。 わずか40センチの隙間。 その先に悪戯っぽい笑顔があった。
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