2 鴻野涼介の章

74/91
前へ
/158ページ
次へ
【 勘違いしてはいけない 】 ・・・プロか ちょっと感動するほどのレベルだった。 どの場面もタケルのアップから始まっていた。笑った顔、ドヤった顔、困った顔、焦った顔 …… 一瞬でその感情が見てとれた。 そこから徐々に視界が広がっていく。 テニスボールを追うタケル。 フリスビーに跳躍するタケル。 疾走感や躍動感が ……タケルのフィジカルの凄さが画面いっぱいに表現されていた。 素人の …しかもスマホの撮影とは思えないクオリティ。なによりこの動画には撮る者の優しさが感じられた。 ・・・あっ ! 画面が切り換わって俺が登場した。 タケルと闘うトロくさい俺。 完全に遊ばれていた。 フリスビーの奪い合い。 ・・・必死か タケルをぶら下げて、ビビりながら回ってる俺。 ・・・恥ず 近距離からの撮影なのにまったくブレていないし、効果的にタケルの顔、俺の顔にピントが切り換えられていた。 ・・・見事な臨場感 「いい顔してるでしょ ?」 声よりも先に優しく透明な香りがふんわりときた。 ・・・ちかい 成瀬が横から俺のスマホを覗き込んでいた。 ・・・15センチ 近すぎて首を動かせない。 「・・・う、うん、タケルいい顔してる」 「きみもね」 ・・・えっ ? 「試合で負けて落ち込んだ時、何も考えずにタケルの動画を見て、すぐに寝るようにしてるの」 透きとおった清楚な香りにフリーズした俺の脳は、返す言葉さえ浮かべてくれない。 また画面が切り換わった。 カマキリと闘うタケル ……だけど、微妙にブレてた。全体のピントだってボヤッとしてる。 「下手くそでゴメン」 「全然下手じゃないよ」 香りがふと遠退いた。 「まだやってる」 成瀬が座り直して、一度タケルのいる方を確認した。 それでも40センチ …いや35センチ。 「でも、クオリティがまったく違う」 やっと首が動かせた。 「小学6年の時、父の会社でソフトボール大会があって、家族で応援に行ったの。応援席からスマホで撮影してたら、その時に藤沢君が上手な撮り方を教えてくれた」 「・・・慶 ?」 「そう、藤沢君ん()も応援に来ていて ……藤沢君とは中学まで学校が違ったのだけど、父親同士は会社の同期で大学時代から友達だったみたい」 ・・・ 「・・・そう」 ・・・そうか 何かの時、クラスの奴らが言っていた。 〜 慶の親父って、まだ50前なのに役員に昇進したらしいよ 〜 別の何かの時、野球部の奴らが言っていた。 〜 T自動車って、昔から京大閥が強いよな。そういえば確か、慶のところもそうだったし 〜 ・・・ 「タケル」 成瀬の声でツツジの中からタケルが鼻だけ突き出した。見るとカマキリの姿はなかった ……けど、タケルは捜索を続けていたようだった。 「帰るよ」 タケルに声を掛けて、成瀬がこっちに向き直った。 「練習あるから行くね」 「うん、動画ありがとう。俺もまたサヨナラエラーしたら、動画に助けてもらうことにするよ」 「バカ」 久しぶりの目力で睨みつけられた。 それはそれで充分魅力的だった。 でも …… 勘違いしてはいけない。 タケルに引っ張られて公園を出る成瀬の背中 …最後の最後にもう一度振り向いてから背中が消えた。 ・・・ “ 慶の親父さんと同期入社で大学からの友達 ” 藤沢の家。 さり気なく自然な形で迎え入れてくれた上品で理知的な4人家族。 感謝しても一生しきれない。 つまりは成瀬もそういう家。 きっと藤沢の親父さんのような立派な父親がいる上品で理知的な家族。 ・・・そもそも 一人の身内もいない野良犬がのこのこと近づけるような世界じゃない。
/158ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加