2 鴻野涼介の章

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【 違和感 】 大きく落ちるカーブと緩いシンカーを軸に少ない球数で打たせて取る。慶は立ち上がりの3イニング、星章打線を完璧に抑え込んだ。 ただそれはこっちも同じだった。後城に対して出塁 0。しかも7三振。バットに当たったのは、俺のまぐれ当たりのセンターフライと月島のセカンドゴロだけだった。 夏のシード権を賭けた一戦。前半戦は両投手のパーフェクトピッチングで序盤を終えた。 “ 俺たちは投手力のチーム ” そして …… “ 凄いピッチャーが相手でも、最少得点で勝ち切れるチーム作り ” を目指してきた。 泥臭く点を盗る。 それが俺たちの代の野球。 4回表、星章学園の攻撃。 先頭の1番バッターが初球にドラッグバント。 ダッシュしたファーストの西島と慶の間を抜ける絶妙なバントになった。 先にノーアウトのランナーを許した。 続く2番の手堅い送りバントでワンナウト二塁。バッターは3番。そこでまさかの二塁ランナーの三盗。 ワンナウト三塁。 ここで慶がギアを上げた。 しかし三振狙いの149キロにバッターが食い下がって、右方向に打球を転がす。その間に三塁ランナーが先制のホームを踏んだ。 まさに俺たちがやろうとしていた野球を先にやられた形になった。先にやられたことで、同じことをやりづらい状況にも陥ってしまった。 星章 1一0 華原 4回裏。 二周り目。星章の内野陣形が明らかに前目になっていた。 ただでさえタイミングの掴めていないピッチャー相手に前進守備で小技を仕掛けるほどの冒険はそうそう出来るものではない。 1番杜、2番神谷があっさりと凡退してしまう。 杜も神谷も俺も亀も ……ブロック予選では相手の守備を脚で好き放題に掻き回してきた。そこを星章はきっちりと封じてきた。 『3番ショート鴻野君』 メガホンの連打と様々な檄。 それは変わらなかったけど、初回より張り詰めたような空気感も感じられた。 とにかく、後城攻略の突破口を見つけなければ …… 打席に入ってマウンドを見上げる。 まん丸い顔は変わらないが、怒ったような吊り目に余裕が見え隠れしていた。 ・・・見つけてやる 後城がモーションに入った。 1球目 …… 左足が動き始めたと思った時には、剛球が唸りを上げて膝元を通過した。 「ストライク !」 ・・・速いし なんか、上半身と下半身が別の生き物な感じ。 上半身が月島で下半身が亀みたいな ………ゴリゴリの剛腕としなやかな股関節。 ...気持ち悪っ 2球目 …… ん ? ・・・違和感 初球と同じフォームで思いっきり踏み込んできた …… けど ……威圧感が ………………違う ? ・・・もしかして 一拍右足に重心を残して溜めを作る。 ・・・きた 気が抜けたようなボール。 チェンジアップを懐に呼び込む。 ボールが沈み始める。 強く振り払うように沈みっぱなを叩く。 キーン ! ややバットの先っぽ。 ライナー性の打球が右に切れながらフェンスの向こう側に消えた。 ライトポールの右側。 「ファール !」 場内が響動めいていた。 ダグアウトからも声が飛んできた。 神谷か、亀か、月島の声か …… その声もすぐに遠くなった。 2球で追い込まれた。 チェンジアップの軌道はシンカーだった。沈むだけじゃなく逃げる。 もうひとつ …… チェンジアップのフォームに感じた違和感。 3球目 …… 投球間隔が短い。 テイクバックがない。 踏み込みが異様に大きい。 そういうもの ……そう思えばいい。 ・・・きた 特に何も感じない。 なのでストレート ……なのか ? 重心の移動。 アウトコース …… 踏み込み気味の体重移動でカウンターパンチのイメージ …… 胸の高さ。 ・・・高い 辛うじてバットを止めた。 「ボール !」 ・・・あぶね 釣り球だった。 違和感 …… 信じるしかない。 4球目 …… 短い投球間隔。 牽制球のようなクイックモーション。 ・・・! 腕の振りが ………………強いっ ! ・・・チェンジアップ 一拍右足に重心を残す。 腰で溜めを作る。 インコース …… シンカーの軌道 …… 逃げる軌道にバットを強くぶっ叩く。 キンッ ! ・・・微妙に芯を外れたか ラインドライブがかかった打球 …… ファーストが左に跳んだ。 打球がファーストミットを掠めるように …… 抜けたっ !
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