29人が本棚に入れています
本棚に追加
今月だけで同じ部署の社員が三人も退職した。会社全体では四十人を超えている。
かなりの異常事態だが、残った社員に支障はない。しいて言えば、社内に空席が目立つことを寂しく感じるくらいだ。
拓斗は定時きっかりに仕事を終えた。
AIを導入した無人コンビニで、弁当とビールを買い家路を急ぐ。閑散とした住宅街に着信音が響いた。
拓斗はポケットからスマホを取り出す。世界人口の半数以上が利用しているソーシャルVRアプリ『AVT』からビデオ通話を知らせる着信だ。
応答ボタンをタップする。最近になってようやく見慣れた姉の顔が、画面に表示された。
「仕事帰り?」
「うん」
「毎日大変ね」
「まあな」
「なら、拓斗もこっちに来れば?」
姉の背後から銀髪碧眼の美形や、エキゾチックな雰囲気の美女が現れた。
「おう。ここは天国だぞ」
「悠々自適で最高よ」
その声は両親のものだ。拓斗は苦笑する。
「俺はこっちがいいんだ」
「そっちはお先真っ暗だぞ」
「温暖化に人口爆発、食糧危機に──」
二人が『地球』のデメリットを上げていく。
確かに、どの国も様々な問題を抱え、切迫した状況だ。
だからこそ、世界は意識をコンピュータ等の機械に引き継がせる『意識のアップデート』という技術に着目した。
そして生み出されたのが『AVT』である。
『アナタが望む幸せ──それはアヴァロンでなら叶えられる』
この謳い文句でAVTは一気に広まった。
意識のアップデートは無料だ。そのかわり、その人達の財産は、三親等以内の親族へ相続されるか、国に没収される。
なぜなら、仮想世界では現実世界の財産など必要ないからだ。望めば全て叶う。まさに理想郷だ。
拓斗はAVTの良さを語る三人に微笑みかける。
「みんなのお陰で将来に希望が持てたよ」
家族たちは拓斗も移住を決めたと思ったようだ。彼らが喜色満面になったところでスマホの画面が真っ黒になる。
画面の中央には『サービス終了』という赤い文字が浮かんでいた。
最初のコメントを投稿しよう!