アヴァロンの林檎

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 今月だけで同じ部署の社員が三人も退職した。会社全体では四十人を超えている。  かなりの異常事態だが、残った社員に支障はない。しいて言えば、社内に空席が目立つことを寂しく感じるくらいだ。  拓斗は定時きっかりに仕事を終えた。  AIを導入した無人コンビニで、弁当とビールを買い家路を急ぐ。閑散とした住宅街に着信音が響いた。  拓斗はポケットからスマホを取り出す。世界人口の半数以上が利用しているソーシャルVRアプリ『AVT(アヴァロンタイム)』からビデオ通話を知らせる着信だ。  応答ボタンをタップする。最近になってようやく見慣れた姉の顔が、画面に表示された。 「仕事帰り?」 「うん」 「毎日大変ね」 「まあな」 「なら、拓斗もこっちに来れば?」  姉の背後から銀髪碧眼の美形や、エキゾチックな雰囲気の美女が現れた。 「おう。ここは天国だぞ」 「悠々自適で最高よ」  その声は両親のものだ。拓斗は苦笑する。 「俺はこっちがいいんだ」 「そっちはお先真っ暗だぞ」 「温暖化に人口爆発、食糧危機に──」  二人が『地球(現実)』のデメリットを上げていく。  確かに、どの国も様々な問題を抱え、切迫した状況だ。  だからこそ、世界は意識をコンピュータ等の機械に引き継がせる『意識のアップデート(移植)』という技術に着目した。  そして生み出されたのが『AVT』である。 『アナタが望む幸せ──それはアヴァロンでなら叶えられる』  この謳い文句でAVTは一気に広まった。  意識のアップデートは無料だ。そのかわり、その人達の財産は、三親等以内の親族へ相続されるか、国に没収される。  なぜなら、仮想世界(アヴァロン)では現実世界の財産など必要ないからだ。望めば全て叶う。まさに理想郷だ。  拓斗はAVTの良さを語る三人に微笑みかける。 「みんなのお陰で将来に希望が持てたよ」  家族たちは拓斗も移住を決めたと思ったようだ。彼らが喜色満面になったところでスマホの画面が真っ黒になる。  画面の中央には『サービス終了』という赤い文字が浮かんでいた。
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