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1 驟雨 sudden shower
丁字路の角に位置する、和と洋が混じり合った雰囲気の古めかしい店には《茶房あまね》という看板が掲げられている。いつ頃からそこに建っていたのか、実はあまり記憶が定かではない。
たまたま視界に入ってからなんとなく気にはなっていたものの、きっかけがなくてこれまでやり過ごしていた。しかしその日は天気予報では特に告げていなかった驟雨に見舞われ、僕は初めて《茶房あまね》に入ってみたのだった。
「いらっしゃいまし」
ステンドグラス風の装飾を施された扉を開けると、古き良き時代の女給さんのような恰好をした、二十代後半くらいの、静かな物言いをする店員さんが出迎えてくれた。縦縞の着物に柔らかそうなフリルのエプロンを着けており、黒髪を上品に結い上げているのが印象的だ。
レトロモダンな雑誌から抜け出てきたかのような独特の魅力を持つ女性は、つややかな笑みをこちらに向けて挨拶してくれた。
「本日はお足元の悪い中ご来店いただき、ありがとうございます。あたくし、店主のあまねと申します」
「ああ……はい。あまね、さん」
自分の名前を店につけたのか。
どういう字を書くのだろうか。苗字なのか、あるいは下の名前だろうか。少しばかり気になったものの、来店早々そんなことを尋ねるのは不躾な気がした。下心があるわけではないが勘違いされても嫌だったので、言葉を飲み込む。
「どうぞ、空いているお席に」
空いているお席、と言われても客は僕以外にいない。テーブル席が三セット、カウンター席に椅子が三脚、あまり広くもないスペースに巧く収まっているが、どこも空いている状態だ。
僕は店の一番奥に設置された二人掛けのテーブル席を選んだ。テーブルの上にはルーレットのついた占いの装置が置かれていて、不思議な懐かしさを覚える。小さい頃親に連れてきてもらった洋食屋に、同じものが置かれていた記憶がうっすらとある。
「こちらお品書きでございます。お決まりになりましたら、どうぞお呼びください」
どことなく浮世離れした喋り方や見た目に、僕は過去の時代にタイムスリップしてしまったかのような錯覚に囚われた。勿論そんなことがあるわけもない。レトロを概念にした店だろうか。
渡されたお品書きに目をやる。珈琲、紅茶、ハーブティーなど種類が豊富で多岐に渡っていた。あまりに品数が多い為に、しばらく注文に迷う。
「あの。お勧めなどありますか?」
「そうですわねぇ……。お客さん、お名前を伺ってもよろしいかしら?」
あまねはにっこりと僕を見つめ、何故か名前を聞いてくる。
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