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「拭いてくださらないの?」
「え……」
促されて、僕はレインの着物の袖から覗く腕にそっとハンカチを押し当てるようにして拭った。その腕はひんやりと冷えていた。
「ああ、藤枝さんの体温に癒やされるわ」
「そんな言い方……周りの人に勘違いされるよ」
レインの物言いにどきりと胸が高鳴る。僕と彼女は、少なくとも今の時点で深い仲ではない。お互いの気持ちが通じて日の浅い、まだ手を握るのにも躊躇するような初々しい関係だった。
「あら、何を勘違いされるというの? あたくし達、もう恋人同士なのでしょう? 藤枝さんて呼べるのが、なんだかとても嬉しいの」
「――いや、あの……そうだったね」
「ねえ、あたくしすっかり寒くなってしまったわ。何か温かいものを頂こうかしら」
「わかったよ。店員さんを呼ぼう。……あま」
言いかけて僕の口は止まる。何を言い掛けていたのだったかわからなくなったのだ。さっき僕にアッサムミルクティーを出してくれた店員さんは、一体誰だったろうか。
仕方なく「すみません、店員さん」と呼び掛けると奥から初老の男性給仕が出てきて、お品書きを僕たちに出してくれた。給仕はどこかで見たような顔だったが、思い出すことが出来ない。
先程対応してくれたのは女性だった気もしたが、次第に僕はそんなことどうでも良くなってくる。今は僕のすぐ目の前のレインに気を取られていた。本当に美しい女性だ。見惚れてしまう。それともこれは僕がレインに惚れているからそう見えるだけなのだろうか。
「ご注文は何になさいますか?」
「あたくし、アッサムをストレートで」
「ミルクは入れないのかい?」
「ストレートが好きなのよ。勿論ミルクティーも良いのだけど、今日はストレートの気分だわ。藤枝さんは何を注文なさるの?」
「僕はさっき飲んだばかりだからいいよ」
僕たちのやりとりを聞いていた給仕はうやうやしく一礼すると、カウンターの奥に去っていった。
レインの体温を奪う雨は降り続いている。ずっとこの雨が止まなければ、僕たちはずっとここに二人で紅茶を飲んだりしながら話していられるだろうか。そんな風に思ったのは、今ここにいるレインとの時間は仮初であり、永遠に一緒にいるわけではないと知っているからだ。
無意識にレインの手をきゅっと握っていた。じわりと汗が滲んだ気がした。
「なぁに、藤枝さん。今日は随分と積極的なのね」
「ずっと、一緒にいたくて」
「いられるわ。あたくしたち、ずっと一緒よ。……あらなぁにその顔。信じていないのね? じゃあ、この占いでもやってみましょうよ」
レインは僕の返事を待たず、テーブルに置かれたルーレット式の占い装置にコインを入れて、中からおみくじを出している。子供騙しにしか思えないが、レインは実に楽しそうだ。
「あら……」
出てきたおみくじの内容を見たレインは、僕に内容を見せず手のひらに隠して悪戯っぽく微笑んだ。
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