3 雨音 amane

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 レインとは夜の店で出会った。こうやって前もって待ち合わせをして、それからレインの店に行く。いわゆる同伴出勤というものだ。  お互いが、どこまで本気なのかはわからない。けれど居心地の良い関係だった。あまり本音では話していない仲であるが、男女とは多分そういうものなのだろう。 「ねえ、梅宮さん。何を飲んでいらっしゃるの?」 「……ん? 確か……アッサムミルクティーだったかな」 「梅宮さんミルクを入れる派だったのかしら。ストレートじゃなくて?」 「え? ああいや、ミルクティーが合うって……あま……お店のかたに言われて」  途中まで言い掛けて、僕は店主の名前を失念していることに気づいた。ここを訪れた際に名乗られた気がしたが、まあきっと大したことではない。客と店の主の関係に深い意味などないのだ。 「あたくしはじゃあ、ストレートを頼もうかしら」  レインが言うと、良いタイミングで初老の男性給仕が店の奥から注文を聞きに来た。 「アッサムをストレートで。あとこのかたにも同じものを」  レインは何故か僕の分までもう一杯のアッサムを注文した。そんなにストレートで飲んで欲しいのだろうか。   「レイン、そんなに飲めない」 「あらそう……残念ね。ねえ梅宮さん。あたくしね、いつか自分の店を持ちたいわ。宵闇の中で輝く店ではなくて、昼の光に照らされた店よ。だってあたくし、いつまでも若くはないもの。いつまでも今のままではいられないんだもの」  レインはどこか遠くを見つめるように夢を語る。僕はただ首肯(うなず)いて、その話を聞いていた。   「ねえ梅宮さん……あなたとこの夢を叶えられたら素敵だなって、あたくし思うの。どうかしら……?」  出来ることならその夢を支援してやりたかった。それだけの金銭的余裕ならある。けれど僕にはそう出来ない事情があった。  僕は、レインに言っていないことがある。    僕には妻がいる。婿養子でいわゆる政略結婚というものだったが、外の女性に援助するなんてことが知れたら何を言われるだろう。いやいっそビジネス上の投資ということにしてはどうか……。  レインはそれを望むだろうか。僕とレインの間には、金銭的な繋がりしかないのだろうか。そんなのは嫌だった。思いの外本気で好きになりかけている自分にびっくりしていた。    レインのあでやかな笑顔から、僕は一方的に逃げた。自分の気持ちに怖くなって、逃げたのだ。  僕は、狡い。  ――狡い男だ。
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