「好きだったよ、姉さん」

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   最後に残っていた薬指が、月に融ける。  姉は青く燃えながら昇っていった。後には白無垢のような帷子がゆらゆらと淪に漂うばかり。    ……そのはずだったのに、水桶の底にからんとなにかが、落ちた。  驚いて視線を落とせば、それは結婚指輪、だった。月蝕の環みたいな銀の指輪が空っぽになった水桶の底できらきらと輝いている。ぜんぶ棄てて、いってくれたのか。ひとつだけ、遺していったのか。  わからない。ただ、こらえたはずの泪がとめどなく溢れてきた。ほたほたと顎から滴る雫が水鏡を砕いていく 「あ」  割れないでと、縋るように指を差せば、そこに映る月はこなごなに壊れた。    わたしが月に葬りたかったのは姉ではなく、きっと――――……  ひと際強い風が吹きつけてきた。月見草がそよいで草の海に浪が渡る。砕けた月から視線をあげて頭上を仰げばまた、月。青ざめてまばゆい、久遠の白は死んだ愛の素肌に似る。決して触れられない。水鏡に映したとしても。  遠くからざわざわと、潮騒が押し寄せてきた。いたぞ、なんてことを――透きとおる静寂を踏み荒らして声のかたちをした怒涛が迫ってきても。  わたしはいつまでも、いつまでも。  月を仰いでいた。    …………  …… 《了》
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