「好きだったよ、姉さん」

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「好きだったよ、姉さん」

 これが月葬だ。    脚はすでになくなっていた。絹の裾だけが所在なさげに水際を漂っている。まるで人魚の尾鰭だ。白い人魚。続けて奇麗に切り揃えられた爪が崩れ、腕が透きとおる。髪の掛かっていた耳の縁がほろほろと融けて、水際に拡がった髪が端から燃えるように青く光りだす。雪原に咲き誇るさざんかのように気高い姉の唇だけは、水底にあってもまだ、うす紅だった。けれども時が経つにつれて紅は崩れ、月影に蕩けだす。  ぽっかりと、呼吸をやめた姉の唇から光の(たま)が浮かびあがった。あでやかに綻んだその青ざめた光にわたしは、そぅと唇を寄せる。  一瞬の、接吻。  感触はない。熱もない。それでもわたしの唇は歓喜する。ほんとうはずっと、こうしたかった。敏捷なこの唇を塞いでしまいたかったのだ。 「ねぇ、姉さん。あのとき、わたしが七夕の願いごとにほんとうはなんて書いてたか、知らないでしょ」  択ばずに握りつぶしたもうひとつの願いごとを十五年の時を経て、披こう。 「わたしね、姉さんのお嫁さんになりたいって書いたんだよ……」  言葉にすればいまさら、泪が溢れた。  こぼれた雫が水鏡を乱すことのないように喪服の袖でふき取り、泪をとめるために空を仰ぐ。指を組んで、瞳を瞑り、星ではなく月に願いを掛ける。産まれかわったら、なんて言わない。そんな叶わないことを望んだりはしない。  だからどうか、もっと遠くにいって。せめて、ずっとずっと、遠くに。  側にいてくれないのなら誰も追い掛けられないところまで。 「好きだったよ、姉さん」  おんなとして愛していた。
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