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バス停に向かっている途中で急な雨に降られ、屋根のある公園のベンチに逃げ込んだ。そこで先に雨宿りしていたのが水橋さんだ。平日の昼、オフィスが近くに見当たらない住宅街で、スーツの雫をハンカチで拭っていた。
『昼間からこんなところでサボってるから、雨に降られるんですよねぇ』
自虐的にそう言って、彼は私の服に目をやった。仲間だと思ったのだろう。
『私はサボってません』
確かに私は高校の制服を着ていたけれども、サボってはいなかった。ただ寝坊しただけ。寝坊とサボりは違う。サボりは確信犯で、寝坊はうっかりに分類される、はず。
『寝坊は一緒だ』
『寝坊しても、私はサボりません』
『それはいい心がけだね』
なんだかおかしなひと。
彼をじっと見るとわりと平均的な顔立ち。日本人らしい流し目に、黒髪は濡れているけれど、清潔感があり短く切り揃えられている。特徴がないことが特徴で、そのソツの無さが逆に気になった。
『……俺は寝坊したから、サボろうかどうしようか迷って、取り敢えずスーツだけ着て、仕方ないから仕事に行こうか、行きたくないなぁとかうだうだ考えてたら、雨に降られちゃって……、天罰ってやつ?』
『天罰、は言い過ぎじゃないですか?』
『そうか……、実は真面目で、優しいんだねぇ』
そう言って、水橋と名乗って、私の頭についた雨雫を拭うようにハンカチを差し出した。スカイブルーの晴れた空を思わせる、澄んだ色。
『まぁ、使って。使った後で申し訳ないけどさ』
どうも、とハンカチを借りた。
水橋さんとの歳の差はたぶん10ぐらい。
これは多少なりとも、これから仲良くなるためには壁になりそう。今すぐハンカチ返してしまうと、もう会えないのではないか、と咄嗟にそう思った。
『……ハンカチは洗って返すので、さっきの写真をまた見せてくれませんか?』
『そのままでいいよ。……それに、この写真は珍しくない』
『いえ、珍しいです。私、天文部なんで、分かります』
へぇー、と彼は目を丸くした。
『天文部か……、宇宙に興味ある?』
『はい、太陽系が大好きです』
『……ちなみに、1番好きな星は?』
『水星です』
奇遇だ、と、浮かべた笑みは少しだけ意地悪めいて。
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