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おばあさんの合図から数秒後、外の雨音が大きく大きく大きく響いた。近づいてくる雷の音も普段とは桁違いに大きい。文字通りのボロ屋敷のこの家がこんな大雨に耐えきれるのか不安になってしまう。もしこの家が潰れてしまったら、この豆電球たちは、この雨音たちは。
「ほら!大丈夫なら手伝って!またとないチャンスだよ!」
おばあさんは嬉々としてビニールシートとバケツをたくさん持って外へ行ってしまった。何が何だか分からないままの私は、おばあさんの持ちきれなかったビニールシートとバケツを持って外に出た。そして思い出す、いつもの光景。雨が降るたびにボロ屋敷の前でなにやら不思議なことをしている家主のことを。
「あっ!だからおばあさんっていつもこうやってビニールシートを広げてたんだ!」
「いろんな雨音を採るにはこうやってするのが一番効率がいいのさ」
言い終えたおばあさんはビニールシートをビシッと大きく広げ、雨を跳ね返らせる。耳を澄ますといろいろな雨音が聞こえては消えていく。それをおばあさんはせっせっと、集音器のような謎の機械で収集していく。雨音が豆電球に入る瞬間、ぽっ、と灯りがついた。
「良いねえ!今日は大量だ!雷も来るし、いろんな音が採れそうだよ」
身体を縮めて嬉しさを表現するおばあさんの勢いに負けつつ、私もそばにあった集音器を手に取った。もしかしたら、私の耳にしか聞こえないような雨音もあるかもしれない。
「おばあさん!これの使い方教えて!」
「てんつく」
「らしらし」
「ぴゃっち、ぴゃっち」
初めて聞くような雨音がたくさん。私が集めた雨音は豆電球の中で静かに眠り始める。楽しい。音が、こんなに味方のように感じたのはいつぶりだろうか。幼い頃には聞こえる音全てが味方だったのに。ううん、今だって、敵になる音なんてないはずなのに私はどうしてだか、それを嫌がってしまう。
「おばあさん」
「今忙しいんだ、簡潔に話してくれないかい」
「嫌な雨音とかって無いの?」
おばあさんは一瞬だけ動きを止めて私を見た。そしてまた作業に戻りながら話し始める。
「昔はね、雨なんて大嫌いだったんだ。けど、大切な人が居なくなった日に降っていたその雨が、ひどくいい音をしていたもんだから。その音をまた聞きたくて探してるんだ。だからどんな音も嫌じゃない。雨音以外の音だって、再び聞ける音なんてひとつもありゃしないんだから」
ザァー、と雨が強く降った。
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