記憶

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小学生の時、私の目の前で母と姉が何者かに刺されて亡くなったらしい。 「らしい」というのは、前後の記憶が私にはないからである。 仕事中だった父は事件に巻き込まれず、私は腹部を刺されたものの軽傷で、一週間で退院できた。 退院後、警察の人に何度も 「犯人を思い出した?」 と聞かれたけれど、 「分からない」 としか答えられなかった。 精神科医が言うには 「目の前で事件が起きたショックで記憶が飛んでしまったのだろう」 とのことで、唯一の目撃者がこんな調子だから警察はがっかりしたらしかった。 それから父と二人の生活がはじまった。 父が高給取りだったことと、事件の後に受け取った多額の保険金、そして実家が豪農である母の遺産のおかげで父子家庭とはいえ生活に困ることはなかった。 父には度々 「事件のことを思い出したか?」 と聞かれ、 「思い出せない」 と答えると 「そう。辛いことは忘れたままの方がいいよ」 と言って頭を撫でてくれる。 私のことを心配してくれる優しい父が大好きで、私は心から尊敬していた。 それから何年か経って、私は高校生になった。 ある日の授業中、先生が法律について話している時、突然、当時の記憶が甦った。 私の目の前で母と姉を刺していた人物。 それは私が誰よりも大好きで尊敬している人物であった。 先生に 「風邪気味なので」 と嘘の申告をして早退した私は、震える脚を引きずりながら警察署に向かった。
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