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野郎だけがVIPルームに取り残されて、渚はハッと吐き捨てるように笑う。
「何か企んでるとあの時に感じてましたが、こんなすぐに行動に移されるとは思ってなかったですよ、水飼さん」
朝方、どこかピリついた2人の空気感は牽制だったようだ。
敵意を向けた青い双眸は、水飼へと向けられる。
その怒りが宿る眼差しを受けて、水飼は微笑んだ。
「そんな信用されてるとは思ってなかったです。私以外にも適任者がいたはずのに、秋月はどこへ行ってしまわれたのでしょうか?」
水飼はどこまでアタシたちのことを熟知しているのかわからないが、関係性を理解しているような口ぶりだ。
今、渚が聞きたくない名前を出されて、殺伐とした空気が再び研ぎ澄まされていく。
「秋月は海外に買付です」
渚が言う前に、簡潔に答えれば、楽しそうに口角を引いた。
「あぁ、そういえば、彼の役目ですもんね。
乙葉さんの“お守”ではなく、恋人ごっこでもないですよね。
幸せそうな2人を見ていたので、てっきり、渚さんが横槍を入れてるのだと思ってました。
幸せそうに過ごしていた秋月を妬んでおられたのでは??」
やっぱりだ。
どこかで監視されていたのだろう。
秋月に、格好のネタになるから、気をつけろと忠告したのに。
「何が言いたい。わざわざ掘り起こさなくてもいい話題ばかりで、胸くそ悪い」
少しづつ腫れあがってきた顔面は、見るに耐えなくなる顔になっていた。
もしかしたら骨折か、ヒビが入っているかもしれない。
舌打ちしながらスマホを取り出し、医者を連れてくるよう権田にメッセージをサッと送信する。
「彼女が、幸せそうに笑っていましたよ」
意味深にそう言うと、水飼は渚の表情を一瞬も逃したくないと言わんばかりに食い入って見ていた。
「“野木くんに再会して、こうして過ごせる”こと。結婚したいと思ってくれたこと、“3人で過ごせるかもしれない”という希望に満ち溢れた笑顔は、とても眩しかったです」
ゾッとした。
それを聞いた途端、隣に立っていた渚から異様なほどの憎悪が激る瞳が、彼を睨み上げている。
「それを、、、お前は“避妊薬は飲むべきだ”と仕向けたのか、、、?」
「ええ。頑なに飲まないでいたので、優しく言ってあげたんです。
きっと、渚さんはそれを“迷惑”だと思っているのではないか?と。
結婚したくないと言ったのも、子供が欲しくないと言ったのも全部、“ヤクザらしくあるためのものだから、それを受け入れないといけないもの”だと教えてあげました。
トップに立つためには、足枷はいりません。
君はお荷物なのだとはっきりと伝えましたよ」
こればかりは、アタシでも怒りで手が震えた。
渚がどんな思いで“避妊薬を飲んでくれ”と言ったのか、そして、どんな気持ちで“結婚”を前向きに捉えようと必死になっていたのか。
彼女が、彼の苦悩を受け入れて、どんな思いで頑なに“避妊薬”を飲まないでいたのか。
腹から湧き上がる怒りで満たされていくのが自分でもわかった。
思わず彼を殴りつけようと手を出そうとしたが、渚がそれを制した。
「いいの?!こんなことされて、、、殺す。コイツを殺す覚悟できてるわよ!!?」
彼の策略にまんまとハマってしまったが、激昂せずにはいられなかった。
今すぐにでも、あのヘラヘラした顔をぐちゃぐちゃにしてやりたい気持ちでいた。
それは、私以上に渚が思っていることだ。
「絶縁を言い渡すよう代表に申し立てします」
淡々と笑顔を浮かべていた彼だったが、絶縁と聞き、表情が一変した。
「なんでですか?彼女の勘違いした“幸せ”は、渚さんには『重荷』だと教えてあげただけなのに?
渚さんは飲めと彼女に勧めたのに、なぜ怒っているのですか??」
被害者ぶる彼の徹底した演技は、悲しみに暮れているようだった。
「水飼さんは“俺”が絶望してる顔を見たいだけでしょう。
彼女の願う幸せが『重荷』?そんなわけないでしょう」
酷く冷めた表情を水飼に向け、淡々と心を殺して話していく渚は、水飼の思い通りになるまいとしている。
ここでアタシたちがブチギレるのが彼の望みなのは、渚も理解してたようだった。
「じゃあどうして、飲めと言ったのにそんな怒っているのですか?」
不思議そうに、目を好奇心で満たした水飼は嬉しそうだ。
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