ヤンデレ彼氏はヤクザで御曹司です

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「水飼さんには関係ないでしょう」 絶縁を言われた水飼だったが、どこか他人事のようでいるのか、遠慮なく言葉を紡いでいく。 「乙葉さんの辛辣な表情は本当に綺麗でした。 きっと、自分のエゴの醜さに気が付いたのでしょうね」 「アンタねぇ?!」 元若頭の人に向かってアンタなんて初めて口にした。 もうこのイカれた頭の男は、元若頭でも補佐でも、組長の息子とさえも思えない。 「渚さん、今の気持ちはどんな気分?」 アンサーをずっと待っている彼は、にこやかに微笑んだ。 隣にいる渚が、静かに口を開く。 「良かったって、安心している」 「渚、、、っ?!」 思わず声を張り上げた。 言わなくていい。もういい。それ以上、もうこの男の思い通りになならなくていい、傷付かなくていい。 そう思うのに、願うのに、唇は開いてくれない。 「でしょ?」 満足そうに笑った水飼を見て、再び低い声が部屋にひっそりと響いた。 「彼女が、極道への道に入らなくて良かった。 平凡な生活はまだ続けられると、安心した。 彼女が元いた場所に戻してやれる。 そう思っているよ」 力なく、窓の外へ見つめる彼を見て、水飼は眉間に皺を寄せた。 「じゃあ、なんで。そんな悲しそうにしているの?」 「分かんない?」 黒のトレンチコートを翻し、スーツの内側へ手を差し込んだ渚を見て息を呑んだ。 「渚、ここはホテルよ?!!」 「知ってるよ」 淡々と述べながら、渚はその手にした拳銃を水飼の右足に照準を合わせた。 留学中に身に付けた銃の扱い方、そして武器の調達、交渉をやってのけて来た彼は、躊躇なく水飼の足を撃ち抜いた。 ゴミでも捨てるかのような平然とした表情で、水飼の頭に銃口を向ける。 「だめよ!アンタが撃っちゃだめ!!!」 咄嗟に水飼の前に飛び出すと、渚は冷めた表情で口元を緩めた。 重い空気を身に纏い、何を考えてるかもわからない渚の視線に耐えた。 痛みに声も出さずに堪えている水飼は、それでも笑い続けている。 「(わたくし)を撃ち殺したくなるほど腹を立てているんですか?」 「えぇ。異父兄とはいえ、悲しいです。こんな日がくるとは思ってませんでした」 悲しそうなのは、そう言う意味だと笑って答えた渚の拳銃を取り上げた。 すんなり手渡してくれたのは、ここの部屋で殺人をするわけにはいかなかったからだろう。 「彼女が平穏な生活を送るためには、水飼さんは危険極まりないですから、殺されても文句ないですよね? 俺が今までのか理解しているのですから」 「彼女がそんなに大事なんですか?」 「大事ですよ。俺の命なんかと秤にかけられないくらいに」 「避妊薬を勧めた人の発言とは思えないですね」 ふふっと笑う水飼を振り返り見ると、顔が真っ青になっていた。 出血で血の気が引いてきているのだと理解し、すぐにその傷口部分を止血するために、ベッドシーツを破いて紐状にした。 こなれた手捌きで、シーツをキツく脚に縛りつけると、苦痛に顔を歪めている。 「彼女が“受け入れてくれた”ことに意味があった。 自分が危険な目に合うことも理解していた。 それでも俺との未来を、子供をって考えてくれたことが素直に嬉しかったんだ。 本当は、飲んで欲しくないに決まってるだろっ‼︎」 次は種が出せるのかも分からない。 彼女を手に入れるチャンスでもあった。 機会を逃したくないと思うのに、簡単に決断が出来ない。 彼女の幸せは、世間一般の幸せを味合わせてあげられないかもしれないからだ。 もし今回ので妊娠したとして、子供への影響も不安だ。 辛い思いをさせたくないのに、今まで必死に回避してきた感情を制御出来なかった。 愛してるよ、心の底から。 だから避妊薬を飲んでもらわなきゃいけないことに胸が痛むし、飲んでもらいたくなかった。 決意しても、何度決意しても、不安は襲う。 必ず幸せにしてあげたいからこそ思う。 あんな思いはさせたくない。 傷ひとつ作らせたくない。 でも手放したくない。 他の人と幸せそうにしているのも、耐えられない。 自分がそこにいて、彼女を守りたい。 彼女のそばで、彼女の人生に自分が生きている証を遺したい。 「じゃあ避妊薬は飲まないね」 簡単にそう言ってくれた彼女だったけど、その笑顔と幸せそうな表情を見た時、涙が出そうだった。 “この世界”で受け入れてくれた気がした。 否定され続けてきた存在を、いてもいいのだと。 必要としてくれてることがこんなにも嬉しいだなんて。 飲んでと言う言葉に対して、しっかりと否定した彼女。 彼女に一縷の望みを残してあげるのが俺なりの気遣いでもあった。 逃げ道をあげてるつもりだった。 それでも尚、頑なだった彼女の気持ちに答えたくて、やっと、したのに。 この水飼()は、それを見越して実行したのだ。 「その表情が見たかったんですよ、渚さん」 人は簡単に裏切るし、言葉は信じない。 彼女の言葉に、『嘘』がないなんて、いつから思っていたんだろう。
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