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異常者からの贈り物と渚くん
「ごきげんよう、乙葉さん」
藍色の髪を一本に束ね、黒塗りベンツの後部座席の窓から、にっこりと笑顔を浮かべた水飼さんが家の前にいた。
野木くんに殴られた所は赤黒くなっているのだろうか、湿布が頬を覆っていている端々からその痣がうっすら覗いている。
「水飼さん?!大丈夫なのですか?」
今日は会社は休みなのだが、昨日休んでしまった分巻き返そうと、休日出勤して月曜日に備えるつもりだった。
「昨日は内輪揉めしてすみません。
この通り、ピンピンしてますから!今日は昨日のお詫びとして護衛に徹しますね」
「護衛だなんて、そんなことしなくても大丈夫ですから。これから会社に向かうところですし」
水飼さんに、まぁいいからと、車に乗せられた。
昨日、野木くんを傷付けてしまった。
野木くんなりにかなり考えて、決意してもなおまた考え直して、やっと決めた決意を、私が台無しにしてしまった。
子の親になる覚悟を決めた彼の表情は、酷く傷付いた表情をしていた。
水飼さんを殴った彼は、シークレットパーティーの時に見せた彼よりも怖かった。
水飼さんを殺してしまうんじゃないかと思うほど、殺気立っていて。
息も出来なかった。
権田さんが部屋から連れ出してくれなければ、私は野木くんの見る目が変わっていたのだろうか、、、。
「落ち込んでいるんですね」
右側に座っている水飼さんが心配そうに様子を窺ってくれる。
松葉杖も足元に置いてあり、こちらの視線も心配の色味が帯びた顔色になる。
「あぁ、渚さんに撃たれちゃいまして」
「はい?!撃たれ、え?!銃でってことですか?!」
VIPルームは防音に特化させてますから、外には銃声はほぼ聞こえてないですもんね。と笑って言われる。
銃?!野木くんそんなの持ち歩いてるの?
高校生の時の野木くんのイメージばかり先行して、大人の彼や裏の顔を持つ彼は、まるで別人だ。
「そうですよ。でも、私の義弟は腕前はプロみたいですね。大動脈を外して、その場から動けなくさせただけで済んでますよ」
輸血したから、大人しくしてないといけないんですけどねーと、ほがらかに笑って言うから、目の前がくらりとして卒倒しそうだった。
「奥さんびっくりしたんじゃないんですか?」
「いえ、死ななくて良かったねくらいで、心配なんかしてませんでしたよ」
こんなの当たり前にあるんでと笑う彼に、乙葉は頭痛がしてきた。
これが当たり前の世界。
つまり、私と野木くんが結婚したらこうなるってことなのだろう。
極道の世界って、そんな凄いことなの?
昨晩、あれから権田さんが車を出してくれて、野木くんとはあのままなにも話せずに帰宅した。
その車の中にブライダル雑誌が2冊も置いてあって、思わず目を伏せた。
私はまた野木くんの気持ちを理解してなかった。
あんな否定的なのも、何度も嫌だと言うのは、本当に嫌なのだと思っていた。
それを決定つけるみたいに、水飼さんが「子どもがいると、守るものが増えて負担なんですよ」と。
これから子を持つ水飼さんに言われて、私の気持ちばかり先行していたのだと思い知った。
大変なのは野木くん。
命の危険を伴うことしてるのだ。
シークレットパーティーの時に「誰とも結婚しない」と宣言していたのに。
それなのに。
野木くんの本心じゃないことわかっていたのに、それでもやっぱりどこか面倒に思われてるんじゃないかと考えてしまった。
彼のいる前で避妊薬を飲むのが怖かった。
だから、水飼さんのいる前で飲んだのだ。
『最善な選択でしたね。これで渚さんも一安心すると思います』
そう慰めの言葉をかけられて、私は一生懸命にその言葉を呑み込もうとしていた。
溢れる罪悪感を胸に抱いて、命などまだ宿してもいないお腹をさすりながら。
野木くんの言葉よりも、水飼さんの言葉を信じてしまった。
第三者に促されて飲むべきじゃなかった。
あのまま、頑なに彼と結婚する気持ちを持ち続けていれば良かったのだ。
野木くんが傷付いたのは、当然で、その銃口を向けるべき相手は、本当は私だったのではないだろうかと、、、変なこと想像してしまう。
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