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「その、本当ごめんね。
初体験済んでないのにあんな、拷問みたいなことさせて」
欲情した瞳がゆっくりいつもの優しい眼差しに戻るのを眺めて、心配かけまいと彼の顔を再び抱き抱えた。
「もう終わったことだよ」
「嫌いにならないでくれる?」
「ならないけど、私は野木くんとの子供を将来的には欲しいです」
「なにそれ、脅されてるの?」
「ヤクザを脅すなんてとんでもない〜。
報復が怖くてそんなことできませんよーだ」
腕の中で嬉しそうにこちらを見上げて、灰色がかった青い瞳が子供のように甘えてくる。
素直に可愛くて、愛しくて、愛しくて。
会えなかった空白時間を埋めていくような感覚だった。
「アタシがいること忘れてんでしょー、アンタたち」
ふぁぁあっと大欠伸したピンク髪がソファからひょっこり現れた。
昨晩、野木くんが緊急避妊薬を持って来るよう尾崎さんを召集したのだ。
夜中に呼びつけて、そのあと結婚したいことを伝えたが、彼は猛反対した。
結局、根負けして許してくれた尾崎だったが、やはりヤクザとの婚姻を認めてもらうのは難しいのだろうと、一抹の不安を覚えたのだった。
「てか、今日、総会じゃないの。
ナギたんまだ支度終えてないの?事務所行きましょうよ〜。あー眠いー」
「わっ、しまった!!」
2時間ほどしか睡眠が取れなかったらしい野木くんと尾崎さんは、酷く疲れた顔をしていた。
野木くんは絶倫していたし、尾崎さんは仕事終えたシノギのスナックでお酒をあおいでいたと言うし、大丈夫なのかな。
慌てて新品のワイシャツとクリーニング仕立てのスーツを取り出して着替え始めた野木くんを見て、なんだか新鮮な気持ちになった。
「野木くんって慌てることもあるんだね」
「へ?!人間だもん、そりゃ失敗しそうになったら慌てるよ!」
寝癖だらけの髪の毛をシャワーも浴びる時間なにー!!とバタバタしているのを見て、口元が緩んでしまう。
「私の知ってる野木くんって、いつも大人みたいに余裕があって、ゆとりもあって、先回りしてるイメージなの」
顔を洗ってワイシャツのボタンを留めながら、野木くんは歯ブラシをくわえた。
「みんなが求めてるリーダー像なだけだよ」
ボタン留めてあげるね。と歯ブラシを彼に握らせて、急いで留めた。
普通のワイシャツとなんか違うと思ったら、貝ボタンだった。光反射してキラキラしていて綺麗。
そして高そう、、、。
「野木くんって演者みたいだよね」
「えー?」
歯を磨きながら新聞の一面をパッパッパッと開いて、読めてなさそうなスピードで眺めていた。
朝は必ず珈琲飲んでるし、新聞もさまざまなものに目を通している。
必ずルーティンがあるのを見ると、やっぱどれも一つ一つやらなきゃ気が済まないタイプみたいだった。
私も朝はネットニュース見るし。
甘いホットミルク飲むのが好き。
洗面台でいつのまにか支度を済ませ終えていた野木くんは、いつものカッコイイ彼になっていた。
大人になってから変わったなーと思ったのは髪型だろうか?
下ろしてる姿は普段と変わらないが、スーツを着てる野木くんの時は、必ず前髪がアップスタイルになっていて、オシャカッコよくて惚れなおしそうである。
「いつ見ても完璧だね、、、」
思わずため息も吐いてしまう。
黒い手袋をはめて、漆黒のロングコートを着て、白のストールを下げた彼は、まるでマフィアみたいで、口元が緩みっぱなしになる。
「なにニヤニヤしてるの?」
尾崎さんが丁寧に革靴を磨いていたのを目の前にサッと置くと、彼は慣れたように履き替えて、つま先をコンコンと軽く蹴った。
「よし。今夜はゆっくり休んだ方が良いだろうから、お家にお帰り。俺も遅くなるからさ」
いつでも乙葉が出てもいいように、専属ドライバー手配しておいたから、どこか行く時は必ずここに連絡して。とメモを手渡された。
チュッと挨拶程度の軽いキスをされて、思わず照れる。
そっか。
今夜は一緒にいられないのか。
「ここで待ってちゃだめかな。帰りたくない」
サングラスを掛けようと手にしていたのか、手に持っていたそれがぐしゃっとへし折られていた。
「か、可愛いすぎて、辛い、、、っ」
「ぎゃー?!ロットバルトの8万円のサングラスがーー?!!」
粉々に割れたサングラスを見た尾崎さんが悲鳴を上げていた。
え、ロットバルトのサングラス?!
芸能人がよくかけてるあのロットバルトのサングラスなの?!
粉々になったサングラスが床に転がる残骸を尾崎さんは真っ青になって見ている。
「転売すればプレミア価格で売れるやつぅぅ」
そんな声すら届いてないのか、野木くんはサッと私の手を掴んで、熱い眼差しを向けられる。
「乙葉が小さくなったら肌身離さず持ち歩くのに。分かった。早く交渉済ませて帰ってくるからね!!」
「それより、だめだよ、サングラスあんなことしちゃったら」
勿体ないよとくちびるを尖らせると、しょんぼりと眉根を下げた。
「ごめん。次から気をつける」
「粉々にするくらいならアタシが貰ったのに」
「時間ある時に新しいサングラス買ってきて」
「そうなるなら壊さないでよ」
まったく!!と文句を呟きながらもあっという間に片付けて出る支度を整えていた。
黒のスーツがよく似合う2人だなー。
「あ、下まで見送る!」
「いいよ、足腰辛いでしょ?」
「見送りもさせてくれないんだ」
プクッと頬を膨らませてみせれば、彼は嬉しそうに眉を八の字にして、「仕方ないなぁ」とはにかむ。
「なにこのバカップル。アタシなんで朝からこんなの見せつけられてんの」
オールバックに髪の毛を整えていた尾崎はエレベーターホールへ繋がる扉に手を掛けた。
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