925人が本棚に入れています
本棚に追加
「ちなみにスカーフ巻くのは青柳組が強請ったせいらしいよ」
「え?!それとスカーフになんの因果が?!」
野木くんは他人事のように笑って言うから、この人が若頭ってことを忘れてしまいそうになる。
「うちのホテルじゃないけど、違うホテルでカチコミに遭ったチンピラが短刀で刺された時に、たまたま寄った航空客室乗務員が首に巻いてたスカーフで止血してくれたことで助かったんだって。
それを聞いた野木が、いつうちもそういうことになるか分からないから、すぐに止血出来るようにってことで、義務化するようにしたらしいよ」
ちなみにメンズは、ネクタイかポケットチーフを入れておくのが決まりなんだよ。
と、ニコニコしながらそう言うが、あまり笑えない気がする。
「血は嫌だなぁ」
「痛いこと苦手だもんね。
そうならないように守るから、安心して働いて?」
俺も着替えなきゃなーと言いながらTシャツをガバッと豪快に脱ぐ背中を見て、赤面した。
綺麗な肩甲骨、引き締まった腰周りにドキドキしながらチラ見していると、あることに気がつく。
「そういえば、ヤクザといえば刺青なイメージだけど、野木くん入ってないね」
尾崎さんが持ってきてくれたワイシャツに袖を通しながら、野木くんは「あぁ」と宙に視線を仰いだ。
「青柳宗次郎には入れろって言われたけど、無視してる」
「組長の言葉は絶対なんでしょ?」
「箔がつくから言ってるだけだよ。
俺の背中や腕に派手な柄入ってもいいの??」
プクッと膨らませる野木くんを見て、ボンヤリと想像を膨らませてみた。
野木くんなら何しても似合うと思う。
「似合うかもね」
素直に吐露した本音に、野木くんは眉根を下げて困った顔をしていた。
「そうくるか。
入れ墨入ってることで、色々制限かかるしね。
カタギの世界に戻れる奴もいるかもしれないから、入れない方がいいじゃん?」
俺は別に若頭として威張りたいわけじゃないし、なんだったら普通の人になりたいし。
ブツブツと呟きながらボタンを止めている彼の背中を見て、なんだか胸の奥がホクホクした。
彼の背中に寄り添うように抱きしめると、野木くんの腕が私の手を握り締めた。
「どうしたの?甘えたくなった?それとも、俺のカラダが欲しくなった?」
「違っ!!」
離れようとすると、冗談だから離れたりしないでよと面白おかしく笑った。
「野木くんはヤクザだけど、優しいなと思ったの」
「優しいヤクザなんかいないよ。良いことだけをシノギに出来てれば、ヤクザになんかならないでしょ?」
「でも、今目の前にいる渚くんは優しい目をしてるから、優しい人なの」
刺青を入れない理由は、下の人たちに強制させないためでもあるんだと、何故か理解できてしまったから。
厳しい縦社会なのに、組長の言葉を背いてでも下の人たちを守ってるんだ。
野木くんらしいな。
自己犠牲にするところはいただけないから、大切にしてほしいと切に思う。
「アンタたち、イチャイチャしてるのはいいけど遅刻するわよ?」
皿洗いを終えた尾崎さんが冷めた視線をこちらに向けて、漆黒のジャケットに袖を通して腕時計を眺めていた。
最初のコメントを投稿しよう!