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****エデンガーデンホテル 社長室****
「へ?フロントからですか?」
艶のあるアッシュグレイの40代前半の男性がにこやかに微笑む。
華美な装飾もないシンプルなデスクだが、座る人を選ぶような品の良さが漂っていた。
目の前にいる年齢不相応な見た目と年齢なのに、その社長室の椅子がよく似合っていた。
「ごめんね。履歴書見たら、フロント向きっぽかったから、どこの部門が君に向いているのかこれからじっくり決めさせてもらうよ。
秘書としてはちょっと頼りない感じするし」
ストレートに言われると耳が痛い。
けれど、自分自身もそれでホッとしていた。
フロントは私が希望していたところだ。
世界を股にかけている社長付秘書にはとてもじゃないけど、私には向いているとは思えない。
にしても、そういう采配って社長自ら決めてくれるものだろうか?
特別扱い、、、という感じなのかな。
腕を買われてるいるようではなさそう。
表情にそれが滲み出てしまっていたのか、野木社長は含みのある笑みを浮かべて言う。
「うちの愚息をあの野蛮な“極道”から抜け出すための手助けになると思って、駆け引きの着火剤になってもらうために君をここに呼んだんだ。
だから、君が有能でなくても、どうでも良かったんだよ」
ここ最近、私はあまり驚かなくなってきたのは、野木くんと関わるようになったからだろうか。
頭がついていってないだけだろうか?
「そうなんですね」
と、捻りも何もない間抜けな返事しか返せないでいた。
拍子抜けしたような野木社長は、またクスクスと笑って眉根を下げる。
「普通ここは、“失礼です”って言うところだよ?変わった子だねぇ」
変なツボに入ったのか、野木社長は暫く肩を震わせて笑った。
「あー、笑った。もっと悪い社長になりきってやろうと思ったんだけどね、毒気抜けちゃったなぁ」
「野木社長は悪い人には見えませんし、そう感じてもいません。でも話術に長けていらっしゃるので、しっかり意図を読み取らなければ飲み込まれてしまうのだと先日の件で理解しました」
緊張感の抜けない肩肘だった。
つまり、野木社長は私をエデンガーデンに置いたのは、あくまでも野木くんを青柳組から足を洗う手助けをしてほしい。ということだろう。
野木社長と青柳組長は、良いビジネスパートナーだと前に野木くんは言っていた。
もし、書類上の父親である青柳組長から野木くんを取り上げたとしたら、青柳組長と野木社長の関係はどうなってしまうのだろう。
考えただけでもゾッとする。
私はそれに強制参加させられているということだろう。
「うん。いい心掛けだね。僕は息子をこのホテルの跡取りになってもらいたい。
決して、陽の目を見れないヤクザの組長なんてものにはさせたくないんだ。
例え、君の気持ちを踏み躙ったとしてもね」
それは、私と野木くんは釣り合っていないから弁えろと言ってるってことだろうか。
お腹の中が底冷えしてくるような不安が押し寄せてきた。
そんな簡単に野木くんの隣に立てるとは思ってなかったけど、こうも目の前で戦力外だと通告されてしまうと、嫌でも痛感してしまう。
「仕事に私情を持ちません。あくまでも仕事は仕事として責任持ってやり遂げます。
ですが、もし、野木くんを、、、渚さんを傷付けるような事があれば、私は野木社長を許しません」
もう誰にも傷付けられたくない。
あんな表情をさせたくない。
大人の都合で振り回された彼の過去を、今度は笑顔の彼でいっぱいにするために、私は私で出来ることをこなしていくしかない。
ここで野木社長に楯突くことは本望ではないが、しっかりと口にしなけば、今後もやり込められてしまうと思った。
その鋭い眼差しと覚悟ある双眸を受けてか、野木社長はへぇっと傍観するような目で眺めて言う。
「そんなハッキリ物言う子は珍しいなぁ。
初めて会った時とは違う印象があって良いね。それでこそ、うちの息子が惚れた女性だね」
書類上は関係のない人なのに、ハッキリとそう口にした野木社長は、ニッコリと笑顔をたずさえて、背後のドアから聞こえてきたノックに「入りなさい」と促した。
「紹介するよ。
このホテルの総支配人、“青柳 渚”くんだよ」
背後の扉から背の高い男性が入ってきた。
手入れの行き届いた黒の革靴が床を歩くとコツコツと部屋に響く。
目に飛び込んできた男性は、ショートスタイルのツーブロックの前髪をアップにした、馴染みある顔の人が立っていた。
「エデンガーデングランドホテルのジェネラルマネージャーに拝命しました、青柳です。若輩者なので至らない所があるかと存じますが、精一杯努めて参ります。これから共にホテルの一員として、共に築き上げていきましょうね、如月さん」
「えっーー?!!」
流石の私も、上司が野木くんだとは予期出来ませんでした。
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