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「青柳支配人、こちらがナイトマネージャーの千田さんです」
得意先の接客をしていたナイトマネージャーを待っていたのを思い出し、私は野木くんの後ろに下がって会釈をした。
ゆったりした動作で来たストライプ柄のライトグレーのスーツを纏った人が青柳さんの前に立った。
「お久しぶりです、渚様。待ってましたよー!!やっとですね!!」
「またビシバシしごいてください、千田さん」
尾崎さんと年齢が変わらないくらいの若い男性が屈託のない笑顔を野木くんに向けられている。
どうやら古くからの顔見知りのようで、堅苦しい挨拶はなかった。
髪の毛は明るいブラウンで、人懐っこい印象のナイトマネージャーは、彼の肩をポンポンと力強く叩いた。
「またまたぁ!ちゃっかり総支配人になっててびっくりしましたよ!」
「千田さん差し置いてすみません。
それから千田さん、星河グループからハンティングしてきた元役員秘書の如月乙葉さんです。
フロントに配属しましたが、いろんな部門を経験させるようCEOからの指示なので、御指導御鞭撻のほど宜しくお願い致します」
エメラルドグリーンの瞳がこちらを見下ろしてきて、パァッと表情を明るくしたかと思うと、メガネをパッと取り上げられた。
挨拶しようと開口した口が悲鳴になる。
「君、噂の“CEOを虜にした女”じゃん!」
え、、、?!
私だけでなく、野木くんも開いた口が塞がらないようだった。
「ま、間違いでは??」
挨拶するはずだった第一声がこんな言葉になるとは夢にも思わず、顔が青ざめた。
にもかかわらず、気さくな笑顔で千田さんは言う。
「間違いないよ!BARでCEOと2人だけで飲んでたって言う美人さんだよ。そうだよね?近くで見るとやっぱ綺麗だなぁ。CEOの新しい奥さん候補?」
足元からつむじまでジロジロと品定めするように凝視され、変な汗が背中を伝う。
もしかしたら、数日前の野木社長とバーラウンジで呑んでいた時を見られたのだろうか。
「それは」
訂正しようと口を開くと、眉間に皺をせた彼が千田さんと私の間に入ってきた。
「残念ながら、僕の彼女なので。公にはしませんが、CEOの彼女だと言われるのは勘弁して下さい」
まんまるな目をパチクリと瞬かせて、千田さんは野木くんと私を交互に視線を送って、納得したようににやぁっと意味深な笑顔を浮かべて頷いた。
「あ〜、だからVIPなんだ?これは女性社員たちは騒ぐだろうなぁ」
「千田さんは夜間の副支配人だから、俺がVIPルーム使ってることも、ヤクザってことも知ってる人だよ」
「そうなんですね。よろしくお願い致します、千田さん」
サッと会釈をすると、千田さんは「そんな畏まらなくていーよー!ただでさえガチガチの業務なんだからさー」と肩や首を回して言った。
なんというか、高級ホテルのナイトマネージャーとは思えない人物である。
「そだ!総支配人、新しい部門連れて行って良いって言いましたよね?」
唐突の千田さんの呼びかけに驚いたのか、野木くんは圧倒されて「そうです」と頷くと、千田さんはガッツポーズをする。
「よしよし、ちっこい女の子ゲット!この子ちょっと借りるよ!君、英語はどのくらいできる?」
こっち来てくれる?と腕を引かれて、私は千田さんの背中をついていくことになった。
振り返ると、野木くんは眉根を下げて笑って送り出してくれる。
野木くんが頑張れと聞こえないように囁いてくれたのが、新鮮で嬉しかった。
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