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2人の女性と話していると、彼はコンシェルジュのいる方へ案内して行った。
金髪の美しい女性たちは千田さんと仲良く3人で写真を撮ったのち、2人を送り出してから戻ってくる。
「お客さまに何かあったのですか?」
「彼女たちの持ってるパンフレット、今休業してる遊園地だったんだ。
だから違うテーマパークを教えてあげたんだよ。日本特有のイベントのあるテーマパークに行きたいって言ってたから、今話題になってるリモート系ホラーや、観光バス型のお化け屋敷どうですかー?って言ったらドン引きされちゃった」
なぜホラーに限定したのだろうかと疑問に思いながら、写真撮ってたじゃないですかと突っ込む。
「変わったホテルマンだねーって。記念に一枚一緒に撮りましょうってさ。海外の人はユニークなことする人好きみたいだから」
「たしかに、リアクションの取りやすい内容は相手から喜ばれやすいですね」
「そこは日本人も一緒だよね。
は!そんなことより電球電球!今日点検日で、脚立持って行かれてるから、届かなくて。
こっちの喫煙所の電球替えるの手伝ってもらえるかな」
エントランスに響き渡らないように話しながら、千田さんの背中を追った。
電球???
「業者に頼むほどのことじゃないから、自分で替えようとしたんだけど、台を使ってもギリ届かなくて。高身長の渚お坊ちゃんに頼めば良かったんだけど、総支配人に言いづらくて」
たしかに、自分より立場上の人になかなか電球を替えてくれとは言い出しづらい。
「ですが、私こそ役不足じゃないですか?」
159センチの私では届く気がしない。
喫煙所が誰も居ないことを確認してから、近くのスタッフオンリーのドアの向こうへ、千田さんが消えて暫くすると、喫煙所の辺りが電気が消えた。懐中電灯とガイドポールを持って、人が入らないように立ち入り禁止の札を下げた。
さっきまで目を合わせてくれなかったはずの千田さんだったが、懐中電灯の電源を付けて、懐中電灯と新品の電球を公衆電話の棚に乗せて振り返る。
「電球一つ消えてるだけでみすぼらしい印象になっちゃうからさ」
さっき着たばかりの上着を脱ぎ、棚に置くと、にこやかに笑って手を広げて近寄ってくる。
「抱き上げるから、あの電球替えてもらっていい?暗いから見えずらいと思うんだけど」
条件反射で後退りしてしまうから、千田さんは首を傾げて「なぜ下がる?!」と困惑して言う。
「い、いえ!やります!」
野木くんに抱き上げられたことはあるが、初対面の千田さんに抱き上げられるのは、気がひける。
というより、私軽く見えてるのかな?!
躊躇していると、ひょいと腰辺りを抱き上げられ、そのまま千田さんの肩の上にお尻を乗せる形になった。
「なんだ、少し重そうだと思ったけど軽すぎない?!ちゃんと食べてる?!」
なんか失礼。
軽いと言われてるはずなのに、全然嬉しくない。
「沢山食べてます。キックボクシングやってるので。ナイトマネージャー、もう少し左に寄って頂けませんか」
「こう?
へぇ、キックボクシングやってるんだ!見かけによらずカッコいいんだね。たしかにお腹硬かったもんな!腹筋割れてたりする?」
「セクハラに当たります、千田さん」
「え?!あ、ごめん!!もしかして今のこれやってるのもセクハラなる?!」
本人はきっと話を弾ませようとしていたようなので、セクハラ感はあまりないが、今後他のスタッフの前でもこうだと困るので、予防線を張ることを覚えた。
「電球替えてるだけですから大丈夫です」
ホッとした表情をしているのがなんとなく暗がりの中でも伝わってくる。
手を伸ばしてやっとの電球を取り、再び千田さんに抱き抱えられて新品を付け直した。
「懐中電灯持っててくれる?」
降ろされると、千田さんはガイドポールや立て札を手に持って、こっちついてきてと促された。
「ここの電気の電源パネルはここから操作するんだ。ホテル全体の電源はまた違うところにあるから、また明日にでも教えるね。
手伝ってくれて助かったよ。悪かったね、いきなり抱き上げたりして」
「いえ。それよりナイトマネージャー、そろそろCEOの所へ行く時間ではないですか?約束の10分前になりましたよ」
左手に付けた仕事用の腕時計に視線を落とした。
「わ!本当だ!ありがとう!流石元秘書!悪いけど、このまま客室点検お願いできる?!今、総支配人が部屋の確認でインスペクターやってくれてるから」
挨拶だけで終わりだと思ってた野木くんは、客室最終点検人やってるんだ。
総支配人も大変だな。
「かしこまりました」
まだインカム渡されていないので、連絡の取りようがないのが難点だ。
千田さんと従業員用のエレベーターに乗り、そのまま点検に入ってる階で降りて、千田さんとは別れた。
広々したエレベーターホール前は、深紅色の幾何学模様のタイル風絨毯が敷かれている。
ホテル全体がウッド調なので、落ち着いた雰囲気に気持ちも少しホッとした。
忙しなかったナイトマネージャー。
今日はたまたま居合わせただけだろうが、夜間勤務になったら度々顔を合わせる1人だろう。
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