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「千田さんとはどうだった?仲良くなれそう?」
枕の位置に首を傾げている野木くんの横で、どこに違和感を覚えているのかをしっかり見て覚えた。
「ちょっと変わった人だったけど、気さくで良い人だったよ」
「結構強引なところあったでしょ。主語足りなかったり、唐突にあれやってこれやってとか」
思わず笑ってしまった。
「うん、結構グイグイきてた」
やっぱりねと眉根を下げては、ため息をこぼしていた。
「野木く、、ジェネラル・マネージャー、あと何部屋ですか?」
「東館はあと3部屋で終わりだね。10分で終わらせて、ランチ行こ」
「え、でも私まだフロントクラークで研修もできてないし」
「今日は館内の様子みて雰囲気掴んでくれるだけでいいよ。明日から俺と一緒に本格的始動しようね」
だからこんなアッサリした仕事内容なのか。
いや、野木くんの職権濫用だったりしないか不安である。
野木くんの手早くも厳しいチェックを終え、客室から出ると優雅に微笑む姿には圧巻した。
あの怒涛のチェック、野木くんはタイマー持って測ってたよ。
慣れてきたと思ったら私もタイマー測られて、あと20秒カットできるから、効率良く動いてと指示出しされた。
野木くん、普段は激甘だけど、仕事ではスパルタなのでは、、、。
星河グループで研修時にインスペクションをやった時はそこまで厳しくなかった。
タイムはあったけど、それよりもっと早く!!と言われるとは思わなかった。
どうやって効率化させればいいんだろうと考えていると、あっという間に3部屋の点検を終えた。
なんとなく客室の構造は理解した。インスペクターの人はこの沢山の部屋を一部屋一部屋毎日やるのだから大変だ。
覚えたこと忘れないようにメモしとこ。
ウサメロのイラストがデカデカと入ったリング型のメモ帳を開き、インスペクションについてサラサラと書いた。
もし何かあった時は使えるもんね。
隣で眺めていた野木くんは、前からやってきたインスペクターの人に気がつき、その人の元へ向かった。
担当していた部屋の子と共に指導し直しの話をしに行ったようだ。
「位置が微妙に毎回変わってるのが気になるので、それだけ注意してください。あと、ゆっくり歩いてほしいと他のクルーにも伝えてください」
「かしこまりました。もう一度指導を徹底致します。ご指摘ありがとうございます」
何度見ても不思議だ。
この人も野木くんを知っているのか、驚いた表情することなく、すんなりと受け入れている。
なんで??
疑問に首を傾げていると、担当していた部屋のハウスキーパーの子が野木くんに見惚れているのが分かった。
うん、その気持ちよくわかる。
「常連のお客様もいるから、細かいとこまで気配りを忘れずにお願いします。渡部さんも宜しくね」
彼はその女の子の頭に手を置き、ポンポンと頭を撫でていた。
「はい!明日から気をつけてやります!」
目をうっとりさせているのを見ると、なんか、胸の中がモヤモヤしてしまう。
頭ポンポンする必要あったかな。
台型のスカートの裾をぎゅっと掴む。
私嫉妬してる?
あの子の嬉しそうな表情を見て、私は笑顔を保てなかった。
私情を挟むわけないと思っていたのに、初日からこんな気持ちになるなんて。
真面目に仕事をしている彼の横顔を見たら、胸の奥が痛かった。
私、心が狭いみたいだよ、野木くん。
話し終えた彼がこちらに戻って来ると、私が何かに落ち込んでいるのを察して首を傾げる。
「どうしたの?」
青い目を丸くし、腰に手を添えられる。
「女の子に優しいのを忘れてたなぁと思って。ちょっとジェラシーな気持ちです」
プクッと頬を膨らませていると、さっきのアレか。と納得していた。
「ごめんね。俺に好意寄せてるの解っててやったんだ。少しでもホテルの為になるなら、その好意すらも使わないといけないでしょ」
なにそのドラマの悪役が言うみたいな台詞。
モテる人怖い。
「そんな野木くんはなんかいやです」
スタッフオンリーの金色プレートのかかったドアを押そうと手をかけた。
が、背後から伸びてきた男の大きな手がドアノブを押さえられてしまう。
挙句、ドアに手をつき、身動き取れないような格好になった。
背後から耳朶にかかる息使いを感じて、肩がびくりと揺れる。
「嫌いになった?」
またその質問。
低い声が鼓膜に届いて、否定する気持ちさえ持たせてくれない。
「ジェネラル・マネージャー人目につきます、、、っ、せめて、中に」
この少し怖い彼には慣れないし、嫌じゃないと思っているから余計に厄介だ。
この声で体が支配されるみたいな、そんな甘くも官能的な声には抗うのに必死になってしまう。
あぁ、この声、ベッドの上で私を虐めてくる時と同じだ。
背後にいて彼の表情は見えないが、ベッド上の時のあの瞳をしていたらと思うと、身体中にゾクゾクしたものが走り抜ける。
「答えてくれるまで開けてあげない。ねぇ、嫌いになったの?」
わざとやってる?
耳まで熱くなってきた。
私情挟みたくないのに、野木くんのばかぁっ。
「退いてくれなきゃ嫌いになりますっ!」
むぎゅっとドアノブを掴む手を軽くつねると、彼は楽しそうに痛がった。
「それは狡くない??」
手を引っ込めた瞬間を見計らって、サッとドアを押し退け、彼から逃れるようにピューッと中へ入る。
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