925人が本棚に入れています
本棚に追加
彼の隣に立つためには、せめて堂々としていなきゃ。
朝は時間がなくてしっかりメイク出来なかったが、メイク直しする時間を貰えたので、コンタクトレンズに替えて、しっかりとメイクを施した。
清楚で安心感を与える、落ち着いたブラウンのアイシャドウを乗せ、太くならないよう気をつけて長めに引いた眉を上品に描き、輪郭をはっきりさせるようチークを薄らのせた。
強調しすぎず、肌に馴染み過ぎないほんのり口元に桃色を差し入れる。
上品なホテリエに、野木くんの隣に立っても恥ずかしくない身嗜みでいなきゃ。
機能性重視していた変身メガネをポケットにしまい、くるんと巻いたまつげの形を整えた。
大きな一面鏡の中に映ったのは、私の理想とする顔のはずだ。
野木くんにふさわしい、、、とは思わないけど、さっきのメイクよりかは遥かにマシだろう。
髪型も丁寧にやり直し、スカーフを片結びという結び目にしてサイドにずらした。
野木くん自身がカバーしようとしてくれているのは、私が頼りないからだ。
野木くんの隣に立てる女になるんだ!!
オレンジとピンクのリップを混ぜ合わせて、唇に馴染ませた。
レストランに先に行っててもらったものの、どこに座っているのか分からない。
レストラン入り口にいるグリーターが私の顔を見て、何かに気が付いたかのような表情で笑顔を浮かべる。
「お疲れ様です、如月様。
ジェネナル・マネージャーならVIP席です。CEO、橋本副総支配人と千田マネージャーも同席してるようです」
先程挨拶周りで、きた時に顔を覚えてもらっていたのだろうか?
いや、左胸に付けたネームプレートを見て気付いたようだ。
それより、野木社長たちも同席している?!
さっき気合いを入れてきたおかげで怯みそうになった気持ちも、なんとか持ち直せた。
てっきり2人きりでゆっくり話せると思っていたのだが、現実は甘くないみたい。
グリーターに案内されたレストラン&バーの中へ行くと、カウンター席で味わう鉄板焼のレストランのようだ。
厨房のすぐ横にあるガラス戸をサッと横にスライドした。
大きなガラス張りの廊下を行くと、天井から床までガラス張りのおかげで、遮ることのない外の景色が一望できる。
ただ、下がよく見えて高所恐怖症にはスリルある廊下だった。
海の上を行き交う船に見とれながら歩いていると、グリーターが「こちらでございます」と再びガラス戸を引いた。
個室に入ると、光沢ある漆黒の壁と部屋の真ん中に置かれた大きな鉄板、油跳ねを避けるためのガラスのパーティション、鉄板を囲むように並んだカウンターに、CEOたちが座っていた。
「おや、メガネは外したのかな?」
アッシュグレイの髪を耳にかけ、こちらを振り返り見た野木社長が手招きをした。
慌てそうになる気持ちを落ちつかせ、丁寧に謝り、野木くんとCEOの間の席に腰を下ろす。
なんで私、CEOの真隣?
左隣に座っている野木くんを見上げると、ごめんねと謝られた。
「俺、左利きだから1番端じゃないと手が当たっちゃうから、乙葉が親父の隣になっちゃって」
「そっか!野木くんご飯食べる時は左利きだもんね」
左利きなのは分かっていたが、両手使えることは普段見ていて理解していた。
けれど、ナイフやフォークを使う時はやはり左手で食べたいらしい。
それより、制服が鉄板焼きの匂いになってしまうことが不安だ。
みんなもスーツ着ているけど、大丈夫なんだろうか?
ソワソワしてはいけない。と思いながらも、野木くんの顔を見上げてしまう。
その視線に気がついて、野木くんは眉根を下げて微笑んでいた。
「コンタクトに気付いてくれたんだ?」
「メガネが私の心の壁だってよく気がついたね」
メガネで周りと隔てた部分はあった。
新境地に立つのが怖いと思うと、ついメガネをしてしまう癖がある。
「何回も言ったけど、俺、乙葉にゾッコンなわけで。乙葉の仕草とかもめっちゃ見てるから分かるよ。
具合悪い時とか、恥ずかしいと思ってる時とか、あと」
艶のある双眸を近づけてきて、他の人には聞こえないように囁いた。
「えっちな気持ちになってる顔もわかるよ」
囁かれた左耳から発熱したように、体が熱くなった。
「そんなこと、、、!!」
「さっき、抱きしめて欲しいなーって顔してたし、キスもしたいって思ってたでしょ?」
図星だったから、思わず唇を噛んでしまう。
クスクスと笑った彼は、整った顔をこちらに向けて優しく微笑んで言う。
「可愛いよ、そういうところ」
かっかっと赤く染まっていくのを、野木社長や橋本さんたちが羨ましそうに眺めている。
「あー、ここだけもう既に熱々〜。鉄板に熱入れたらもっと熱くなっちゃいそうですよ、CEO」
「若いっていいねぇ、純粋に異性を愛せるし、情熱的になれるし」
「私もあんな時期があったのかしら」
微笑ましく笑ってくれる御三方に、私は余計に恥ずかしさで肩が小さくなった。
「それにしても、メガネ?取っただけでそんな変わるもんなんだね!ラウンジバーで見かけた時、てっきりCEOの彼女なんだと思いましたよ!」
「僕には勿体ないくらいの可愛い子だよ。渚が熱烈になるのも解るよね」
口が上手いなぁ。あんなに毛嫌いしてたじゃないですかっっ。
今もそんな私のこと好きじゃないはず。
「渚くんと乙葉ちゃんは高校生からの付き合いなんですって?」
橋本さんが楽しそうにこちらに視線を送って言う。
「はい!彼女にヤクザの息子だとひた隠しにしてお付き合いしてましたので、トラブルがあって彼女にバレたあと、俺がチキって一方的に別れたんです」
「ええ?隠してたのー?渚お坊ちゃん、そりゃ如月さん可哀想だよ」
ですよねぇと笑って話している野木くんは生き生きとしていた。
そういえば。こうやって誰かになりそめを話すのは初めてかもしれない。
そっか、野木くんくんが心開ける仕事のパートナーでもあるんだ。
「でも、別れてから7年経っても、お互い忘れられなかったんです。人生をかけて守りたいと思ったのが彼女だけでしたし、彼女じゃなきゃ生きてる意味がないんです。
なので、俺は彼女に夢中ですし、危害を加えそうな奴がいたら容赦しません。
出来ることなら、温かく見守ってやってください」
決意を表明するように、私の目を見つめて、3人を見渡した。
「はぁ、どれだけ良いとこの令嬢連れてこようが、ハニートラップ仕掛けてもらおうが、全く靡かないんだもん。
可愛いだけの子かなと思って、最初は妨害しまくってたんだけどねぇ」
野木社長はため息をつき、眉根を下げてお手上げだよと頬杖をついて2人に話す。
「わぁ、野木社長、めっちゃ悪いオッサンやないですか!」
「そうだよー、僕悪いオッサンなの。
彼女をトラップに仕掛けたりしたしね。ごめんね、如月さん」
いつものニコニコ顔じゃない、申し訳なさそうに謝っている。
これは、演技とかじゃない??
「いえ、、、野木社長が彼に会わせてくれなければ、今こうして、ここに2人並ぶこともなかったはずです。ありがとうございます」
「でも婚約者として認めて欲しいなら、うちのホテル全員から認めて貰わなきゃ、また他の令嬢送り込むからね。
失態犯したら婚約破棄だよ、破棄」
破棄?!
というか、私たちはまだ婚約までは!
「まだ乙葉の両親に挨拶にも行けてないのに、婚約だなんて性急すぎるよ。
まだ復縁したばかりだし、この前初エッチしたばかりだし」
「「「え?!!」」」
まじか?!という表情を浮かべる。
「え?高校生なんてヤリたい盛りだったのに、してなかったの?!」
千田さんが興奮気味に食いついてきたが、橋本さんがアイアンクローをかまして大人しくさせている。
「渚くんよく我慢したわね」
「めっちゃしたかったんですけど、彼女を大事にしたくて。でも、抑えきれなくてお手つきはしましたよ」
「そこをもっと詳しくっ!!」
「あれはエロすぎて言えませんー笑」
「ほらー、オードブルきたから食べますよ!!」
お姉さん気質な橋本さんが興奮して話す2人を落ち着かせてくれた。
オードブルを出すタイミングを見失っていたであろうウエイトレス達がささっと入ってきて、彩り鮮やかなプレートを置いていく。
「鉄板フレンチ初めてなので、ご教示お願い致します」
2人の話を楽しそうに聞いていた野木社長に歩み寄ろうと、肩を竦めながらお願いしたら、普段と違った笑顔で、頷いてくれた。
「これはお祝いの意味を込めてくれたプレートなんだよ」
一口づつ添えられた料理をどんなイメージなのかをウエイトレスが説明してくれ、野木社長がメニュー考案の際に苦戦したんだ、と色々教えてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!