1 ひとりたび

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1 ひとりたび

 小さな窓の外を見ると、薄い青色をした空が美しかった。北海道の空の色と少し違う。白を混ぜたらいいのかな、と奏人(かなと)は考えた。  シートベルト着用のランプが消え、周りでかちゃかちゃという音が立つ。奏人は隣に座っていた親切な女性(彼女は見た感じ、スーツを着てきっちりと髪を纏めているため怖そうだったのだが)に手伝ってもらいながら、飛行機を降りる準備をする。  キャビンアテンダントが奏人のリュックを荷物棚から出し、背負わせてくれた。新千歳空港に着いてからここまで、ありとあらゆる大人が自分に優しく接してくれるので、奏人は嬉しいというよりも、戸惑っていた。それに、家にいたらきっと、こんな時間にリンゴジュースを飲んだり、ノートに好きなだけ落書きをしたりできないところだ。  大人たちは自分が上機嫌でいれば満足なようだと奏人は早々に悟り、自分が感じている以上の満足感を彼らに示していた。こういう奏人の気遣いを、祖母はあざといと言う。 「高崎(たかさき)くん、おばさまが迎えに来るんだったかな?」  奏人ははい、と答えた。松本空港は新千歳空港より随分と小ぶりだった。人が少なくて少し寂しい反面、空気がきれいな気がした。奏人は制服姿の男性に伴われ、手荷物受け取りのベルトコンベアを横目で見ながら、到着ロビーの自動ドアをくぐる。  かなちゃん、と自分を呼ぶ伯母――(はま)涼子(りょうこ)の声が聞こえた。母に似た、低い目の柔らかい声。奏人は知った顔を見つけてやはり嬉しくなり、小走りで彼女のもとに向かう。伯母は奏人の頭をくるりと撫で、男性職員に礼を言った。奏人も彼女に倣い、彼に頭を下げた。 「よく一人で来たわね、怖くなかった?」  大丈夫、と奏人は小さく答えた。伯母に会うのは2年ぶりだ。子ども扱いされると、少しむっとしてしまう。 「うふふ、かなちゃんも来年中学生だもんね、飛行機くらい一人で乗れるわよね」  伯母は奏人の手提げ鞄を持ち、そのまま駐車場に向かった。日射しが眩しく暑かったが、風が何処かさわやかだ。  奏人の家のものより小さい、クリーム色の車に乗りこむ。寝ていたらいいと伯母は言ってくれたが、奏人は学校やお稽古ごとの話をした。特にピアノの話題は丁寧に。伯母はピアニストである。 「ピアノ続けるの? お父さんが反対してるんじゃないの?」  正面を向いたまま、伯母が言った。奏人は口籠る。 「勉強優先って言われてるけど……」 「かなちゃんが続けたいならそう言うのよ、お母さんはやめて欲しくないって話してたけどね」  父と祖母は奏人の好きなことをいつも否定する。絵を描くこと、ピアノを弾くこと。読書だって、時間が長くなると良い顔をしない。  実は今日、濱家の別荘に行くことも反対された。弟の優人(ゆうと)が最近熱中しているサッカーのクラブ合宿に行くと言い出したので、奏人は母と一緒に伯母に会いに行きたいと言った。弟がいない家にいるのは嫌だったし、母を連れ出すことが出来ればと思ったのだった。だが、母が奏人について行くことは許されず、一人で行けばいいと祖母に言われた。  行ってやる。諦めると思っているのだろうが、一人で長野まで行ってみせる。奏人は自宅のある帯広から新千歳まで電車に乗り、目指す飛行機のチェックインカウンターに辿り着いた。あとは航空会社の職員たちが良くしてくれて、怖さも不安も無かった。 「茉理子(まりこ)に連絡しないとね、かなちゃんをちゃんと拾ったって」  伯母は言った。妹――奏人の母に会いたかっただろうに。そうしてあげることが出来ない自分は、やはりまだ子どもでしかないと奏人は感じる。
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