ホップ、ステップ、ジャンプ!

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 俺は怒っていた。ぷんぷんしていた。 「こういうのはいけないと思います」  冒険者ギルドから出て、ここはカミュが手配した宿の一室。  絨毯が引かれ、机やソファは光沢があり、そこそこ値が張るだろう品がある。ベッドはダブルで柔らかい。部屋の値段は俺が一週間で稼ぐ金より高いかもしれない。なかなか、どころかかなりいいところだ。  そこで俺は腰に手を当てて、ソファに正座するカミュにそう切り出した。 「人が拒絶できない状況で事に及ぶのは合意とは言いかねるのではないでしょうか」 「はい。反省してます」  今の所俺とカミュの間にあるのはマスターを担保にしたある種の契約であり、関係性で言うと主従でもなければ上下があるものでもない。カミュは俺にあれこれとしてくれるが、実は夜の行為以外のカミュの行動に対して、俺が身体で報いなければならない、ということはない。そして俺には行為毎に拒否権があるのだ。卑怯なようだが、食べ物も服も髪や爪の手入れも、客が勝手に娼婦を連れ回し貢いでいるだけ、とも言える。俺が応える義務が発生するのは性交渉に同意して、対価を得る場合のみだ。まあ、義理を欠くことではあるし、円滑な関係を築く上では避けることはできないことでもあるというのが悩ましい所か。それに俺とカミュの関係は普通の男娼と客とは言い難いわけで。  冒険者ギルドの一室でのことも拒否できなかったというよりはしなかったが正しいが、あの時俺の判断力は頗る鈍っており、平常時より遥かに快感に弱い状態だった。つまり唯一俺が対価として差し出せるものをカミュはなあなあで押し切って同意なく奪ったことになるわけだ。これは立派な契約違反である。  ……と、言うのはまあ、建前と言うかなんというか、カミュに責任転嫁するための言い訳にすぎないのだが。  少しだけ頭が冷えはじめて、カミュには少し悪いなと思いつつも怖い顔をして口を開く。 「本当に反省してる?」 「してるよ。でも、あの部屋に鍵がないのは僕のせいじゃなくてね、」 「俺が怒ってるの、そっちだから!」  むっつりとそう言うと、カミュは気まずそうに肩を落とした。  そうなのだ。冒険者ギルドのあの部屋には鍵がなかったのである。  確かに俺も施錠の音を聞かなかったし、ラジムの「人払いをしておく」発言に気が緩んでいたかもしれない。遮音魔法も使ったと言っていたし。  しかし。しかしだ。  実際はラジムが遅いと部屋に突撃してきた。人払いの中に彼は含まれていなかったらしい。  部屋を占領していた上に淫らな行為に夢中になっていたこちらに非があるが、それにしたってイく直前、いや、ほぼ同時にドアが開くとか最悪のタイミングすぎて俺もカミュもラジムの目の前で果てるより他なく。  それでも俺に突っ込む側で呻き声くらいで済んだカミュとは違い、俺はもうあられもなくひんひんあんあん叫んでいたわけで。とろっとろのふにゃふにゃになっていたわけで。カミュの身体で隠れて大事な場所は見えなかっただろうが、よりにもよってイキ顔をばっちり見られた以上最早そういう次元を通り越していた。股間隠れて顔隠れず。俺からラジムの顔が見えたということはつまりあちら側からもまる見えだったことは明らかだ。ノックはあったらしいが遮音魔法が裏目に出て聞こえなかったというオチ。  慌てて身なりを整え、ありったけの力で汚れたあれやらそれやらを清めて部屋の換気に空気を動かして、謝罪もそこそこに冒険者ギルドを後にしたのだが……ラジムのあの好奇に満ちた表情は暫く忘れられそうにない。思い出すだけでも身悶えてしまいそうだ。混ぜろとか言われなくてよかった。 「ごめんね、アルク」  しょんぼりと肩を落とす目の前の優男に意識を戻すと、俺も肩を落とした。恥ずかしさの余りカミュに矛先を向けたが、実際は自己嫌悪による八つ当たりも半分ほどは入っている。 「俺の方こそごめん」  謝るのは俺も同じなのだ。結局、はっきりと拒否しなかったのは俺なんだから。あの時確かに力が入らなかったけど、気持ち良くてもっと欲しいと思ったけど、本当の本当に嫌だったらもうちょっとなにか、違ったリアクションを起こせていたのだろう。そうしたら、カミュはそれをきちんと汲み取ってくれたはずだ。  あんなことになって自分で受け止めきれない恥ずかしさのためにカミュを責めているわけだから、情けないことこの上ない。  カミュの隣に靴を脱いで、俺も正座をする。頭を下げると、動物がするみたいにカミュの頭が擦り寄ってきた。  見られた恥ずかしさもあるが、カミュに流される程度には、彼から与えられるものの心地よさにすっかり慣れてしまっていることを分からされた、そういう気恥ずかしさもあった。 「今日はお預けかな……?」  俺の機嫌を窺いつつも、唇を俺の頬へと触れさせながら、カミュが囁く。 「……ここの宿にあるっていう浴場に連れてってくれたら、機嫌直るかも」  言いながら俺が彼の肩口に顔を埋めると、ふふ、と嬉しそうな声の後抱きしめられた。  こういう駆け引きも、今のところいつもカミュが求めてくれるから、俺からはうまく交渉できないでいる。精々、OKサインを出すので精一杯だった。  《ガクロウ》には大きな公衆浴場がある。花街の中にもあるらしいが、そっちは見たことがないからどうなっているのか分からない。俺が知っているのは外のもので、普段は料金を取られるのだが、たまに無料開放される際に足を運んでいた。  公衆浴場の利用料は良心的だが、それでもケチケチしないとままならない生活だった俺にとっては風呂も贅沢品である。身体の汚れを取るだけなら生活魔法で十分だし、それは誰もが使える。風呂はリラックスのためにあるのだ。  そしてカミュが取ったこの宿には、宿の利用者向けの風呂があるらしい。  善は急げとばかりに連れ立って浴場へ足を運ぶ。まずサウナのような部屋で身体を温めて、オイルを塗りたくり、それを丁寧に落とした。これは従業員……というか、控えていた二人の奴隷がやってくれて、誰かに世話をされるのに慣れてない俺はちょっと恥ずかしかった。  そそくさと大きな湯船を求めれば、ドーム状になっている石造りの、湯気で空気から暖かい浴場へたどり着く。他の客の姿は見えない。暖かい湯気に包まれて、俺たちはその湯船の中へ身体を浸した。 「っあー……気持ちいい……」  やっぱこういう時間があるというのはいい。暖かくて、身体が解れる。  俺の隣で同じように肩まで湯に浸かるカミュの顔もだらしないものになっていた。  天井から雫が落ちてくる音と、浴槽の端から勢い良く流れてくる湯の音。温泉の風情があってなんとも懐かしい。外の公衆浴場は四方を建物に囲まれていて、雰囲気で言うとプールって感じだし人も多かったから、こんな風にしみじみすることもなかった。  十分に温まり、一度湯船から出る。シャワーのようなものはないので、かけ流しらしい湯が流れ出て行く方へ行って身体を洗うことにした。  この世界、石鹸はあるが、一般に流通しているものは臭い。だからこうやって身体を洗う場合は泡の出る樹液を持つ植物を叩いて潰したものを使う。こんなことでも贅沢のうちに入る。生活魔法がある以上およそそういった無駄なもの、あるいは敢えて不必要な手間をかける行為というのはアルカディアにおいては道楽に近い。  俺たちの挙動を見守っている奴隷二人から茎とも枝ともつかないそれを潰してもらったところで、カミュが二人を下がらせた。俺は自分でできるからだろう、と思っていたのだが……これ、タオルじゃないから背中が届かない。自分だけじゃできない。  そこで、うっすらとカミュの意図を察した。 「洗ってあげるね」  言われてしまうと、任せるしかない。断るのもおかしな話だ。だから当然、流れとしては、俺もカミュの背中を洗うことになるわけで。カミュが正面から抱きしめるようにして俺の背中を洗うから、俺もカミュの背中に手を回して洗う羽目になるわけで。  抱き合うような格好になり、決して洗うためだけではないだろう、カミュの動きにぴくりと身体が跳ねた。  諌めたばかりで忘れてはいないだろう。そう思いつつ、喜ぶ身体が恨めしい。 「カミュ、だめだって……ここ、風呂場……っ」 「ああ、アルクは知らない? 《ガクロウ》だとお風呂場の近くに、それ用の部屋が用意されてるんだよ」  なんだかとんでもない新事実が発覚してしまった。 「オイルを塗るための部屋なんだけどね……こういう宿だと、衝立(ついたて)で仕切りがしてあって、担当の奴隷と……」 「わ、わかったっ。どうなってるのかは分かったけど、でもっ」  この場所自体はいつ誰が入ってくるかわからないわけで。  そう言うと、そういう時は奴隷が教えてくれるよとあっさり返された。でもそれって結局その奴隷にこういうところを見られるってことじゃん! 「アルク、君が欲しい……」 「……っあ、……ん……さ、さっきしたばっかりなのに……」 「お湯に浸かって肌がほんのり色づいて……なにも纏ってないのに無防備な君を見てると、裸だってことを意識させて恥ずかしがらせて、それ以上に気持ち良くさせたくなる」  情熱的な声と言葉で、カミュの滑ついた指が俺の尻を揉んで、その割れ目に滑り込む。 「ぁん……っ」  直前に押し付けられた股間に意識を取られて、馬鹿正直に声をあげてしまう。 「君にこうして触れていいのは僕だって、いろんな人に見せつけたい」  指は穴の中に入るかと思わせて、その窄まりを弄るばかりだった。なのに俺の奥は疼き出して、カミュが耳に注いでくるその音の意味するところを想像してしまう。 「そ、それは困る……ラジムの時みたいなのは嫌だ」  どうにかそう呟くと、カミュは俺の腰をしっかりと抱き、自分の身体に縫い止めた。 「ふふ、あれもちょっとビックリしたね。でも僕が言いたいのはもっと……まあいいか」 「なに? 気になる」  不穏な場所で言葉を濁されて、出した声は情けないものになってしまった。気にしなくていいよ、なんて言われても気にせざるを得ない。 「僕がどれだけ君に執着しているのか、見せつけたいってことだよ。最初から最後まで、ずっとね」  カミュはなんとも恐ろしいことをあっさりと言ってのけながら、俺に一つ口付けると、体を離した。手桶で泡のついた身体を洗い流し、平然と使い終わったそれを俺に手渡してくる。俺は黙ってそれを受け取ったが、潰し切って用済みになった植物を捨てようとすると止められてしまった。排水孔へ流されるまま放置しておけばいいと言われ、首を傾げると、その理由を教えてもらえた。  これは奴隷の仕事なのだ。その仕事を自分でできるからと奪ってしまうことは、あまり歓迎されない。身体を洗うことも、本当なら奴隷にさせるのがマナーだ。ここの奴隷は宿の所有しているもので、その奴隷に身を委ねるということは、宿を信用している、宿のサービスを歓迎するということになるらしい。  じゃあ断ってしまったのは良かったのかというと、 「不満があって拒否したわけじゃないし、チップも渡しておいたから」 「いつのまに……」 「僕は客人(マレビト)だからね。ゲームで言うアイテム欄にお金を入れておけば、空中から取り出せるんだ。一種の魔法と言うことになっているらしい。こうしておけばスられたりもしないし」  便利すぎる。  感心して声を上げると、カミュはくすっと笑った。
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