売る男、買う男

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 マスターの手料理はやはり絶品だった。カミュが嫌がったので彼に対しての敬語を改めたところで、舌鼓を打ちながら花咲いたのはカミュとマスターの昔話だった。というのは、俺と似たような境遇だったというカミュの話を聞きたいだろうとマスターが気を利かせてくれたのだ。いい相談相手にもなるだろうと、今日俺を同席させたのはそういう理由もあるらしかった。全くマスターには頭が上がらない。  ちびちびと舐めるように蜂蜜酒で唇を湿らせつつ話をまとめると、カミュは今27歳で、10年前に記憶喪失による身元不明の状態で発見され、冒険者となったらしい。その時カミュの世話をしたのがマスターで、当時マスターは冒険者だったそうだ。今でもちょくちょくモンスターを狩りに出ているというから驚いた。  そのマスター曰くカミュは冒険者としてかなり成功しているらしかったが、当の本人は謙虚なもので、右も左も分からない頃に世話になったというマスターに依然として恩を感じているようだった。慕い方が俺と似ているというのか、言葉や態度の節々から敬愛を感じる。その全てが、マスターを好きだと言っているというか。  だから、ではないが、ふと会話が途切れた際にもう一度カミュから誘われて、今度は首を縦に振っていた。マスターは無理はしなくていいと言ってくれたが、カミュの性癖がマトモであることは保証してくれたので、俺は改めて片付けを手伝った後、マスターに見送られて三階の一番上等な部屋へ上がった。  こういう時、部屋代を払うのは客だ。だから相手がケチればその辺で致すことになるわけで、自然、前の客と比較してしまうのだけど、それは仕方が無いことだろう。金払いの良い客に良い顔をするのは自然なことだ。  部屋に入った途端、カミュは俺の唇を奪った。強く腰を抱かれて、股間の硬いものが服越しにも伝わってくる。カミュの唇は柔らかく、もっと堪能したい、なんて思ってしまった。きっと久しぶりのキスだったからだろう。  仮に俺が美少年であっても、男娼とキスをしたがる男は少ない。男と性行為をすることは一般化しているが同性愛とは区別されているし、そういう愛ある行為ではないと主張する意味合いもある。単純に穴に突っこみたい男や、そもそも、キスを嫌がる男というのも結構いる。俺だってこうなる前は考えたこともなかったし分からなくはない。  カミュのキスは丁寧だった。股間は煽るように擦り付けられてきているのに、熱い舌は順序を踏むようにまず俺の唇をそっと撫でるようにして左から右へと流れ、俺の口内へと割って入ってきた。そのまま舌先で迎えようとした俺をからかうようにして、柔らかくしたそれでくすぐるように歯茎を優しく愛撫する。 「ん、ふぁ」  こんなキス、したことない。いや、されたこと、ない。  咄嗟に、カミュの肩に添えるだけだった手に力が入る。すると、カミュの片手が俺の背中をあやすように撫でた。 「ごめんね、がっついて」  僅かの間離れた口から、平静を装いながらも隠せない情欲が吐き出される。それに、ぞくりと腰が疼いた。 「……こんながっつかれかたなら歓迎かな」  少なくとも俺の知る限りで、男娼というのは特殊な立ち位置にある。娼館に所属するような人気があって見目も良いのはともかく、教養もない場末の男娼を求める男というのは万が一にも妊娠されては困るだとか、女よりも低い相場で買えるだとか、まあ兎に角好き好んで男娼を選ぶわけではないからだ。  このガクロウという都市の大部分は歓楽街であるから、楽しむために男を買うということ自体は少なくない。ただ、楽しむというからにはしかるべき場所となるわけで、俺のようなポジションに求められているのは精々下手な女よりは締まりがいいだとかいう、『穴』にすぎない。  よって、職業上というのもあるが、男娼を丁寧に愛撫したり、キスや、ましてや口淫なんていうのはまずあり得ないわけだ。奉仕は男娼側がするものだから。  だから俺たちは仕事が始まる前、それこそ酒場や路地で相手を探す前に、それはもうよくよく慣らしておくのだ。偶にちょっかいを出すのが好きな男もいるが、まあ稀な方。だから、カミュみたいな男がいることに驚いた。 「それはよかった」  カミュが顔を綻ばせ、キスを再開する。その合間にキスの経験があまりないことを詫びると、カミュは俺の頬を両手で包んで、唾液で濡れた唇を開いた。 「気にしないで。……かわいい」  細められた双眸が俺を捉え、それに飲み込まれそうになる。可愛いは男としてはどうかと思うが、状況としては褒め言葉だ。  さて、嬉しい誤算だが、これは仕事だ。  俺はカミュの唇を受け止めながら、そっと彼の腰を撫でて、そのまま太ももを過ぎ、熱く張り詰めたそこへ滑らせた。 「っん」  くぐもった声は低く、カミュの腰が悩ましげに揺れる。そのまま先端を優しく指先で撫でると、キスが止まった。 「ストップ。……僕に全部、やらせて欲しい」 「え?」 「君には、僕がやることを全部、受け止めていて欲しいってこと。君が快感でぐずぐずになるのが見たい」  それってつまり? 「命令というわけじゃないけどね。君は、何もしないで。僕に委ねて欲しい」  俺の内心など見透かしたように、カミュはそう言った。咄嗟に口をついて出たのはおなじみの「でも」で、しかしカミュは俺を遮って言葉を続けた。 「きちんと払うものは払うよ。こっちが一度断られてるのに誘ったんだし、君にはあの時、断りたい理由があったんだろう? ……それに君の一晩をまるごと貰おうというんだから」  紳士的な言葉に、俺は迷いながらも一応、頷いた。今まで、こんな風に言われたことなんてなかった。行為に対しての報酬なら分かるけど、時間なんて。  どこかぼうっとしながらカミュを見つめていると、今まで俺の頬を包んでいた手が離れ、首元へ移動した。するするとシャツのボタンが外されていく。それをじっと見下ろした。  俺の着ている服は生活水準を反映して、サイズがあってないのは勿論、つぎあての多いボロの古着だが、カミュはそんなものでも丁寧に扱ってくれた。それを、ボタンを外すというそれだけのことからひしと感じる。  全てのボタンを外すと、カミュはそれを左右に開いた。俺の肌に直接触れ、肩から二の腕まで滑らせる。カミュの手に押されて、シャツはあっさりと肘まで落ちた。 「綺麗な肌だ」  うっとりと見つめられて、俺は居心地が悪かった。なんとなく恥ずかしい。そう思って、そう思った自分に驚いた。  恥じらいなんて、もうマスターにさえ感じなかったのに。  カミュの指先が鎖骨をなぞり、胸へ伸びる。触れるか触れないかというくらいに優しく乳輪をなぞられ、それに反応してつんと出てきた乳首に触れられた。 「あ……」  腰元に甘い疼きが落ちる。微かな刺激は強すぎず、痛くもなく、痺れのようにその都度、俺の体内を走った。 「アルク、顔上げて。キスがしたい」  言われるがまま、落としていた視線を上げる。目を合わせる前に唇がくっついた。  優しく、優しく乳首を弄られながら、同じように与えられるキスに身体が暖かくなる。何度も唇に吸い付かれて、かさついていたはずのそこは潤いすぎるほど濡れてしまった。それさえも、彼の舌に舐め取られて行く。  カミュからのキスが終わる頃には、俺は乳首への刺激も相俟って、張り詰めていた気持ちが少しだけ、柔らかくなっていた。あるいは、溶け出していたと言ってもいいかもしれない。  カミュは俺の腰を抱くと、エスコートするようにベッドへ歩き出した。身体が反応し始めていた俺はそれに従い、ベッドへ座らされた。恭しい動作でカミュが靴を脱がせてくれる。靴下を履くような金銭的余裕はないので、靴を脱げば素足だ。臭いが気になった俺はすぐに生活魔法で身体を清めたが、それが分かったのか、カミュは驚いた顔をした一度俺を見た。  ばっちりと目が合う。俺が戸惑うよりも先に、カミュは微笑んで、俺の足の甲に口付けた。 「大丈夫? 疲れてないか?」  カミュも装備を解いて靴を脱ぎ、二人でベッドの上に収まる。流石ここで上等な部類に入る部屋だ。ベッドは柔らかく、そっと肩を押されて預けた身体が沈み込む。 「このくらい平気だって」  疲れるほど生活魔法を使ったのは最初の頃だけだ。生活魔法は攻撃魔法や治癒魔法に比べればずっと燃費がいいし、病気でもない限り一日家事だのなんだのやったって疲れたりはしない。  俺が気安くそう告げると、カミュはほっとしたように目を細めた。部屋の照明といえばベッドサイドに備え付けられているくらいで、天井にはない。眩しくもなく、けれど相手の表情や小さな反応を見過ごすこともない適度な明るさだ。  それに照らされるカミュの唇はさっきのキスのせいで妖しく光っていて、俺はごくごく自然に、唾を飲み込んでいた。 「……アルクの身体は綺麗だね」 「そ、かな」  外見は俺が設定したものだから、まあ悪くはない。シミも傷もない。が、ヒゲだとかムダ毛と呼ばれる一切のものもないのは悲しいかもしれない。シモの毛さえ当然だろうとばかりになかった。  ……ん? そう言えば今までは特に何も言われなかったけど、パイパンってどうなんだ? 文句を言われたことはないから、穴には必要ないんだろうけど。でも、カミュは今までの相手とは違うし。  俺が少し戸惑っている隙に、カミュはスカートの上から俺の熱いものの輪郭をなぞった。 「うあっ……!」  びくりと腰が浮く。それを皮切りに、カミュは改めて俺を愛撫にかかった。  首筋、鎖骨、乳首ときて、そのまま腹へ。へその穴を舌先でほじるように舐められた。そのまま。カミュの手が俺のスカートを留める腰紐を解き、そのままそれをずり降ろされた。  下着なんて履いてない。だから、すでに勃ちあがった俺のものがぷるんと顔を出す。赤黒くもなくあっさりとした色合いのそれは、手淫くらいならと男に思わせるようで、今日みたいに人の手に触れられたことが何度かある。  カミュは現れた俺のものを眺めて、クスッと笑った。 「こんな場所まで綺麗なんだね」  そこに蔑みや嘲笑の色はなく、それどころか、カミュは俺の先端に唇を押し付けた。 「んやっ」  一番敏感な場所への刺激に声が漏れる。それに気を良くしたのか、カミュはそのまま、俺を咥え込んだ。 「ああっ……! や、そん、な」  口の中で、彼の舌が俺を嬲る。俺の先端を舐め、カリをなぞり、鈴口をつつく。  数少ない女性経験の中でさえされたことのないその刺激に、俺は演技でもなんでもなく腰を揺らして、声を漏らしていた。  気持ちがいい。そして何より、カミュの暖かい口の中は心地が良かった。なんとも言えない、安堵にも似た感じ。緊張から冷えていた心が、暖められて柔らかくなっていくような。 「ん……カミュぅ……」  腰を揺らす俺を咎めるでもなく、カミュは俺の両手に指を絡めて握った。それだけのことがたまらなく嬉しいなんて。  カミュは俺の動きに合わせて頭を動かし、俺のものをすすった。舌は柔らかく、時に鋭く俺の先端を的確に刺激し、時折口から出しては熱い吐息とともに音を立てて口付けられ、袋の方までいたぶるように刺激されて、俺は次第に追い詰められていた。 「カミュ、も……も、でそう、だから……」  唇で俺のものを挟み込んで扱いて見せる彼に一度放してくれ、と暗に仄めかすも、カミュはあっさりといいよ、と言って再び俺の先端を咥えて、それから右手を離すと、俺の茎を扱きあげた。 「ああっ!」  じゅぶ、ぶちゅ、とあまり可愛くもない音を立てるそこを、もう見ることもできなかった。離された手の代わりにシーツを握り込み、身を固くする。息が浅くなり、乱れて行く。吐息に混じって時々、掠れた甘い声が漏れ出た。腰は男としての本能を思い出したかのように止まらず、カミュも中断する気配がない。それどころか、俺の声が高く、切羽詰まったものに変わっていくのにつれて、手と口は急き立てるように動いた。 「ぁ、……っ、あ、もうっ、でる、でるっ……! いく、いっ……ぁ、あ!」  俺はされるがまま、彼の口内で射精していた。あまりにも気持ち良くて、それしかなくて。暖かなそこにずっと収まっていたいような気さえしてしまう。  吐き出した俺は思考力を取り戻しつつあったが、その前に、カミュは俺の出したものを全て飲み込んでいた。気づいたのは彼が俺のものから口を離して、口元を拭ってからで。 「の、飲んだの?」 「飲んじゃった」  ぺろりと赤い舌をちらつかせ、カミュが悪戯っぽく笑う。その舌が熱心に俺のものを舐めていたのだと思うと、たまらなく官能的に見え、どぎまぎしてしまった。 「まずく、ないの」 「まあ、精液の味だけど。君のだしね」  平然と言われ、理解が追いつかなかった。ワンテンポ遅れて、首を傾げる。 「どういう……?」  いつぶりだろう、仕事で吐精したときは然程なかった特有の気怠さに見舞われながら、のろのろと視線を合わせた。カミュは俺の様子を見て、小さい子に優しく言い聞かせるように俺をじっと見つめた。 「誰彼構わず買うわけじゃないよ。ずっとこうしたかったから、ちょっと浮かれてるかな」  くるくるとカミュの言う言葉が、声が頭の中を回る。  俺のだから、精液、飲むの?  ずっとこうしたかった? 「君と少し話をした二年前、すぐに惹かれてしまったんだ」  驚く俺を宥めるように、カミュが頬を撫でる。 「……どうして、声、かけなかったんだ?」  俺の質問はもっともだっただろう。もしかして、俺が身体を売りはじめるのを待ってた? だとしても、二年も間を開けるか?  訝る俺をよそに、カミュは俺の隣に横になると、俺を引き寄せ、腕の中に収めた。 「まあ、言ってしまえば自分のためかな。だって君、男が好きなわけじゃないだろ」  言われ、問い返すような目を向けてしまった。そんな俺にも、カミュは微笑んで見せて。 「僕はゲイだから。君もそうだったなら、あの時声をかけていただろうね。でも、その気のない君にはできなかった。身体を売ると決めて、クロードから手ほどきを受けたことも聞いたよ。でも、その時はその時で、必死で頑張っている君に付け入るようで、やっぱり声をかけられなかった。……今だって、僕と他の男の違いに気づいただろう? こうして触れ合えばきっと伝わってしまうと思った。君には嫌悪のまま拒絶されたくなかったし、かと言って金蔓だと思われたくもなかった。それになにより、自分の気持ちを確認する意味もあったんだ。単なる同情なのかどうか」  カミュの言葉一つ一つを咀嚼する。 「つまり、君が好きなんだよ。本当は、今日も声を掛けるべきか迷った。店から君が出て行くのを見計らって出て行くべきだったんじゃないかと」  そうしなかったのはどうしてだ。  言葉はなかったが、十分伝わったらしい。カミュは苦笑した。 「でもいい加減、君が他の男に抱かれてるのが我慢できなくなった。……本当を言うと、君を身請けしたい」  カミュの言葉が嘘なのか本当なのか、俺には知る術がない。マスターへの信頼において、マスターが大丈夫だと言うなら信じてもいいかなとは思うけど。 「身体を売っているとは言っても、君が同性と恋愛できるとも思ってない。だけど、僕もそろそろ抑え難くてね。今日、少し僕を知ってもらって、僕に囲われるのも悪くないと思ってくれたなら……この先ずっと、君の夜を買い続けたい」  カミュの言葉は力尽くなのに、情熱的で、優しかった。 「……これは、そのための売り込み?」  からかうように俺がそう返すと、カミュは少し目を瞬いて、それから楽しそうに笑った。 「ひとまずは一夜を買えた高揚感、かな。でも、お眼鏡にかなうようにがんばるよ」
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