ホップ、ステップ、ジャンプ!

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「うーん、ごめんね。身体が熱くなりすぎてのぼせちゃったみたいだね。あ、ちゃんと人を呼ぶ前に綺麗にして隠すものは隠したから。呼んだらすぐに来てくれたから、すぐそこで待機しててくれたみたいだよ」  あのあとカミュと盛り上がってしまって、気絶から回復した俺を待ち受けていたのは身もだえするようなカミュの告白だった。少しひんやりとした部屋は多分、休憩所かなにかだろう。まだ身体はだるく、俺は股間にバスローブを掛けられた状態でカミュに団扇で仰いでもらっていた。  人とは例の奴隷二人のことだろう。待機と言うのは……部屋の外、なわけないか。  もう恥ずかしさでどうにかなりそうだった。最中はあんなに大胆になれたのにあれは一体なんだったんだろう。  身悶えようにも頭ががんがんして、いまいち感情が波立たない。いいのか悪いのか。ぐったりしていると、カミュが口移しで冷たい水をくれた。こまめにこくこくと飲み干し、ふと息をつく。  部屋でOKサインもだしたし、今度はちゃんと俺が欲しいって言った。恥ずかしいけど、一日に二回もカミュに八つ当たりをするほど馬鹿ではない。まあ、しようにもそんな元気はないわけだが。 「どんな顔してればいいんだ……」  本当に微かな俺の呟きに、カミュはあっさりと「あの子たちの持ち場はお風呂だけだろうから、気にするのなら連泊しなければ大丈夫だよ」と言ってのけた。恐ろしい。アルカディアで10年過ごすとこうなるのか。  結局身体が冷えはじめても上手く力が入らなかったため、カミュに抱きかかえてもらって部屋まで戻ることになった。意識を失っていた時間はそう長くなかったらしいが、街の外へ行けるか試すのは明日にしようと言うカミュの提案には黙って頷いておいた。それくらい疲れていた。  カミュとのセックスは気持ちいいし、心が疲れることもあまりない。でも、毎回気持ち良くなりすぎて咽喉と心臓が持ちそうにない。今日は明るいうちから二回もしてしまったし。  食事は部屋に運んでもらって済ませて、ゆっくり摂った。食後になっても気だるさは抜けず、カミュに膝の上に乗せられて横抱きにされても、大人しくその身体にもたれていた。  身体を締め付けない方が良いってことと、部屋から出る予定もなかったから、ゆったりした寝間着を羽織っているだけの状態だ。  カミュも似たような恰好だからもう後は寝るだけって雰囲気だったのだが、そこにきて俺ははっと重要なことを思い出した。 「そうだ、ステータス!」  ギルドで確認するとか言っておきながら致す流れに押されて、その後の展開にすっかり慌てて、場所を移して八つ当たり、風呂に入って喜んで、そこで致して気絶して、ぼうっとしたまま食事してで抜け落ちていた。  思い出すとスッと頭が回り始める感じがして、背筋が伸びた。 「あ、そうだった」  お前もか、というノリでカミュが目を丸くする。てへへとか言い出しそうな笑みを浮かべて謝罪を口にしているが、さほど真剣さがないのはどういうことだろうか。まさか今日一日で俺が晒したいやらしい姿の数々を思い出しているわけでもないだろうに。……ない、よな? 「じゃあ見せるね」  俺が一人で狼狽えていると、カミュが指を鳴らした。そして、俺たちの目の前に半透明の画面が現れる。それは『Arkadia』でよく見たメニュー画面。  慣れ親しんだ文字に思わず指を這わせようとすると、そのまますり抜けてしまった。そうだった、他人の画面は弄れない。  背中を撫でてくれるカミュの手を感じながら、カミュが操作する画面を見つめる。開くのはもちろん、彼の能力情報が詰まったステータス画面だ。そこには所持金や状態、装備品といった情報も載っている。 「はい、これが僕のステータス。……ああ、ちゃんとアルクのことも載ってるね。資産の中に名前があるし、ちゃんと弄れそうだ」  カミュが指差して教えてくれる先には確かに『特殊資産: アルク(男娼)』と書かれていた。……のだが、先に目に入ったカミュのデータの方が凄すぎて正直それどころじゃない。強いとは聞いていたけど、まさかここまでとは……。レベル、500を超えている。 「カッコの中は奴隷だったら奴隷だと表記されるはずだし、魔法はちゃんと働いてるね」  俺を安心させるための言葉に、ようやく意識がそっちへ動き出す。凄まじい桁になっている情報の数々からどうにか視線を引き剥がし、今見るべき場所へ移した。 「あ、ああ。まだ男娼表記だけど……まさか土地みたいな不動産扱いじゃないだろうし」 「うん。じゃあアルクのステータスを見てみようか」  カミュの指が滑り、俺の名前をタッチする。と、新しい小窓が出てきて、俺の名前やレベルが表示された。 「レベル1?!……ゲームやってた時はもっとあったのに……」 「そうなの? 僕はゲームのデータを引き継いでたけど」 「……ちなみにカミュの場合、いくつだった?」 「んー……? さあ、100は超えてたと思うけど」 「うわ、マジかよ」  ゲーマーだったんだな、と俺が言うと、カミュは首を横に傾けた。 「そうかなあ……? そんなではないと思うけど。ずっとやってたから普通じゃない? 課金もしたことはあるけど、金額としては少ない方だと思う。つぎ込む人はつぎ込むし」  あっさりとした物言いに、なにやらいろんな意味で意識の違いを感じる。 「でも、こっちでも冒険者として成功してるって」 「ああ、まあ僕の場合はVRゲームの時と大差ない感覚だったからね。痛いのは痛いけど、体力全部削られるまでは結構戦ってられるんだ。動きが鈍ったり反応が遅くなったりはするけど。それで、回復薬を多めに持っておけば安心だし。基本はソロで寂しくやってたから、死なないようにはしてたしね」  客人(マレビト)だとそんなに意識が違うものなのだろうか。俺は絡まれて殴られたり、喧嘩に巻き込まれそうになるだけで随分怖かったし痛い思いをしたわけで、だから冒険心も萎えて行ったのに。 「そうそう、客人(マレビト)はゲームと同じで、体力を全部削られても直前にいた街まで戻れるんだ。『死に戻り』ってやつだね」 「え? 死なないの?」 「それくらいの激痛はあるけど。レベルも下がるし、アイテムもランダムで消失(ロスト)してしまうし」  苦笑するカミュの表情は柔らかいが、死ぬほどの痛みなのに死なないというのもかなり恐ろしいことなのではないだろうか。その痛みを覚えているわけだし。 「そんな顔しないで。少なくとも、僕が冒険で死んで、帰ってこないということはないから」 「……その安心のさせ方はおかしいと思う」 「あは、やっぱり?」  無理はしてないんだよ、と俺と目を合わせて微笑むカミュの頬を包むと、暖かさが手の平に滲みだす。これを失わなくていいと思うと確かに嬉しいが、それでも死ぬほどの痛みを感じることを思えば胸が痛みもするだろう。 「ほら、今は君の話だよ」  甘く窘める声色に仕方なく画面へ目を戻す。 「……僕は寿命でもない限り死なないだろうけど、君は分からないんだから。街から出る以上、ちゃんと準備しておかないとね」  装備品はレベル制限のないもので、軽いものを買おうね、と言われる。その前にまず出られるか確かめないとと俺が返すと、そうだね、と優しい声が耳に落ちた。 「あ、もしかして部屋に戻されてたのって『死に戻り』扱いなのか……?」 「ああ、そうかもしれないね」  物凄い損じゃないか? 俺とカミュの感覚が違うのも、俺が弱体化したから? 「まあ、レベル1ならあらゆる可能性があって、やりたいことの方向性も選べるから前向きに考えよう。アルクはゲームでは剣士だったのかな?」 「あ、いや、特に決めてなくて」 「そっか。じゃあ、特に馴染みのあるものはないんだね」  カミュの言葉に頷くと、結果的には良かったのかもしれない、と言われた。 「……はい、君の取得技能一覧。スキルレベルはほぼ下がりきってるけど、ゲームの時と変わってないかな?」 「えっと……あんまり覚えてない」 「そう。……『採集』とか『目利き』とか……ああ、『生活魔法』も入ってるね。ゲームに生活魔法はなかったから、これは今君が持ってるスキルってことになるんだろうね。戦闘系のものはないか…… あ、でも、ふふ、『隠密』だって」  カミュが優しい声で指を指しながらそう言うから、俺の気持ちも浮上してくる。 「生活魔法、熟練度が上限まで上がってる」 「たくさん使ったんだね。この前の『死に戻り』では影響が出なかったのかも」  言われ、はしゃいで倒れたことを思い出した。そんなこともあった。『採集』は道端で換金出来そうなものとか探してたからかな。 「……あれ? でも、イベントやった覚え、ない。生活魔法はマスターに教えてもらったけど」 「人に教えてもらうのもあるけど、特定の状況で特定の行動をすることで覚えることもあるよ。覚えるのが易しいものはそういうのが多いね」 「へえ……そっか。いちいちキャラを用意するのも大変だもんな」 「上級スキルはともかく、簡単な初級スキル毎にそのキャラとイベントこなすのも面倒だしね。キャラをたくさん用意しないと、覚えられる場所もものすごく限定されるし」  なるほどなるほど。言われてみるとそうだ。  俺が感心したように声を上げると、カミュはくすくす笑った。 「さて、どうしようか。アルクはどういう方向を目指したい?」 「んー……モンスターと戦ったりするのはちょっと怖いかな」  正直、カミュとのレベル差のこともある。絶対ついていけないし。かと言って俺に合わせてもらったんじゃ、カミュは冒険者稼業なんて出来ないだろう。 「できれば、カミュとは違うのが良い」  言うと、じゃあ戦闘系以外だねと直ぐに返事が返ってきた。 「僕は主に冒険者ギルドでのモンスター討伐の依頼をこなしてるんだ。偶にダンジョンに潜って宝探しをしたりすることもあるけど、スキルも戦闘特化型で、可能な限り戦闘を有利に運べるものを取得してる」  カミュの指が半透明の画面の上を滑り、彼のステータスが前に出てきた。  『Arkadia』におけるステータスは6つの要素で構成されている。  このステータスというのは全てのVRゲームにおいて、生まれ持った能力を可能な限り平等にすることで、仮想空間において理想を追求できるようにするためのシステムだ。運動が苦手でもVRでなら縦横無尽に動く事が出来るし、視力も上げられたりする。VR依存症の原因の一つでもある。  ステータスの伸びは種族ごとに決められていたりするが、『Arkadia』の場合、客人(マレビト)であるプレイヤーはレベルアップで取得できるステータスポイントを使って自由に自分の能力値を弄ることが出来る。  まず筋力(STR)。これを上げると単純に重いアイテムを持てたり、重量のある武器や防具を装備できるようになる。基本的に攻撃力も上がる。  防御力(VIT)。敵からの攻撃で受けるダメージを軽減する。数字的な部分もそうだけど、体感として衝撃が和らぐ効果がある。  知力(INT)。魔法での攻撃力を上げられる。ステータス以上にかかりにくくなったり、敵の魔法攻撃を軽減できる。  器用さ(DEX)。戦闘では投擲系の武器や弓を用いる場合、的中率に関係してくる。敵の攻撃を弾いたりするのにも関係してくるらしい。モノ作り(生産)系は全面的に重要視されていて、どの分野でも必要不可欠だ。  素早さ(AGI)。移動速度。単純に素早く移動できるだけじゃなくて、他のステータスとの掛け合わせ次第で、戦闘なら物理攻撃や魔法攻撃を繰り出す速度、モンスターの動きに反応する反射速度が変わってくるし、生産なら一つの作業にかかる時間が短くなる。  最後は、運(LUC)。これはプレイヤーが弄れない数字で、キャラクターを作ってログインした時点で決まるものだ。  カミュのステータスは大体、筋力、素早さに振られているようだった。知力や器用さ、防御力はそれと比較するから若干低いというだけで、なんというか、どの数値もレベル500だけあってすさまじい数字になっていた。 「ステータスポイントってどれくらいもらえるものなんだっけ……」 「大体レベルが一つ上がるごとに3ポイントかな。あ、でも100を超えたあたりから5くらいに増えたような気がする」 「それってそこから全部に振れるじゃん!」  俺がカミュの顔を見てそう叫ぶと、彼は楽しそうに笑った。 「でも、そんなことしてたら強い敵とは戦えないよ。レベルが上がればレベルアップに必要な経験値は増えていく。倒したモンスターから得られる経験値は、その強さに比例する。全部同じくらいになるように振ってたら中途半端で対応できなくなるよ。レベル式のゲームじゃあ定番、鉄板でしょう。アルクってあんまりゲームしない人?」 「するよっ するけど……分かってるけど、さ」  カミュは10年前にアルカディアに来たって言った。今が27歳なんだから、その時、俺とほとんど同じくらいの歳だったはずだ。なのにこの差はなんなんだろう。  俺がむすっとしたのが分かったのか、カミュは膝を揺らして俺の目を引かせた。もう一度目を合わせると、微笑ましそうなカミュの顔がよく見えた。  馬鹿にされているわけじゃない。頭では分かっていても心で引っかかったものが、その表情で流れて行く。  緑色の目に吸い込まれそうだ、と思ったのは間違いじゃなかった。  鼻先がそっとぶつかり、唇が当たる。瞼を閉じると、思い切りカミュに吸い付かれた。 「ん、」  ちゅく、と何とも言えない音が響く。唇を開けてはむ、とカミュの上唇を挟むと、カミュは俺の下唇を嬉しそうに食んだ。  むずむずして、顔を離す。身体の火照りと疼きが戻って来そうだった。まだ怠さが抜けてないから、もう今日は応えられない。  なのに、カミュは俺を抱えたままベッドに倒れ込み、ころんと転がって、キスを続けようとしてくる。 「ちょ、カミュっ」  狼狽えたものの、そんな攻防をしているうちにカミュが一向に俺を捕まえてこないことに気付き、本気で迫ってるわけじゃないと分かると笑いが込み上げて来た。 「なに、……くっ、なんだよっ」  ぶくく、と変な笑い声が出てしまった。カミュもにやにやしていたのが遂に耐え切れなくなったのか、ベッドに顔を押し付けて肩を揺らして笑い始める。  ころころ転がって、突っ伏したカミュにくっ付いてみる。頭を寄せて名前を呼ぶと、片腕を肩に回され抱きこまれた。 「幸せだなって思ったんだよ」 「え?」  まだ引かない笑みを乗せながらカミュが言う。 「アルク……いや、要には悪いけど、君を囲うために毎日君を買って、抱いて、話して、遊んで……君が僕を求めてくれること、笑ってくれること……こうやって僕の『もの』になっただなんて信じられないなってね。これで君は元の世界に帰れなくなっただろうのに、帰れるなら君はきっと今こうしてくれてなかったんだと思うと、君が切実に困っているのがすごく嬉しくて」 「うわ、暗い」 「そうだよ、もっと僕のことを頼って、僕だけを見ていてほしいと思ってる」  表情は優しいのに、口にしていることは物騒極まりない。  でも、それはそうなのかもしれない。俺は男は対象外だったわけで、カミュ……桔平は反対に男しか対象じゃなかった。本当なら、噛み合うはずがなかった。そんな奇跡みたいな幸せを失いたくないのは、それはそうだろう。 「……あれ、でもカミュって最初、金蔓扱いは嫌とか言ってなかったっけ」 「前はね。今のアルクは自分で身体を売ると決めて、もう二年もそれで生きて来たじゃないか。立派だと思う。……頑張った末の精神的な依存なら大歓迎だよ」  軽い調子でそう言うカミュは、身体的にでもいいけど、なんて言いだして。もうなってるんじゃないかなっていう素直な感想は飲みこんで、くすっと笑うだけに留めておいた。  まだ一週間と一日しか経ってない。言うにはまだ早い気がした。……調子に乗られてもちょっと困るし。  カミュはわざと卑屈な言い方をするけど、マスターとは違った意味で、カミュはもう心の拠り所になっている。『俺』を知っている人がいるという安心感。そんな人が俺を好きだと言ってくれて、側に居たいと求めてくれる心強さ。カミュの気持ちを利用しているのは俺の方だ。  布団の中に潜り込むと、カミュの胸に頬ずりした。頭をそっと抱えるようにして包まれる。風呂上りに散々嗅いだ香油の匂いがして、胸がきゅっとなった。 「……おやすみ」  カミュの声がくっついた肌を伝って俺の中にじん、と響く。  返事の代わりにもう一度頬をすり寄せると、こめかみに優しい感触が一つ落ちた。 ******  体調はすこぶる良かった。じゃれあうようにベッドの中でお互いの肌に触れた後は身だしなみを整えて、朝食をもりもり食べて、少し散歩をした。  一週間と少し。よく寝て、食べて、歩いて、……気持ちいいセックスをして。どうにかして客を取らねばという強迫観念もなくなって、俺の精神状態もずっと改善されているのを感じる。 「手を繋いでいようか?」  俺の隣に立って、カミュが優しく微笑んでいた。俺は少し、考えた。  『Arkadia』で一定以上の規模の街と言うのは皆、城郭都市だ。モンスターの攻撃から身を守る為、立派な城壁が街をぐるりと囲っている。《ガクロウ》の場合は更に花街を隔離するように水堀と塀が作られているが、城壁と言うのはそれよりもずっとずっと巨大なものだ。  その城壁には出入りのための門が設置されている。《ガクロウ》の場合は一箇所しかない。  前は何度も挑戦し敗れたその門の前に、俺は立っていた。開かれた門の下では、さも当たり前のように多くの人が行き交っている。  今まで、俺は自分がどうやって部屋に強制送還しているのか分からなかった。大事なのはこの門をくぐれないという事実だったし、仮に調べたところで事態が変わるわけでもない。  ただ一つ分かっているのは、『この門をくぐろうとした俺』というのは、誰にも認識されないらしいということだ。一番最初に出られないことに混乱して、何度も……『死に戻り』の度に続けて挑戦したが、ここに住んでいるはずの住人は勿論、門に控えている役人や兵士さえ毎日行われる俺の行動と、その場で消えるか何かしているはずの俺を不審がらなかった。それについて訊ねて自分から不審者になるような真似が出来るはずもなく今日まで来たが、カミュの目の前で挑戦した時も、カミュ以外の人間は誰も俺の存在を認識していないようだったらしい。  怖い、と言えば怖いかも知れない。いや、どちらかと言えば単に緊張しているのか。  だって、これでダメだったとしてもカミュはまた俺を迎えに来てくれるから。それで、どうしようかと一緒に考えてくれるだろう。だから、怖いというのは少し違うのだ。  もう一人じゃない。だから、だけど、やっぱり門の外を目指すのはどきどきする。もうこれは反射と言ってもいいだろう。  じっとカミュの手を見下ろしたが、俺は首を横に振った。 「それは……次の街に入る時まで、取っておくことにする」  そう言うと、カミュは眩しそうに俺を見て笑った。そして、そっと俺から離れる。  大体どのあたりでどうなるかは分かっている。だからカミュにはその先で待ってもらうことにした。  人の邪魔にならないように門の端で少し距離を取り、向き合う。五歩も進めば届くそれが、俺にとっては途方もなく遠かった。  逸る胸を深呼吸で押さえつけて、石畳の地面を睨めつける。ぎゅっと目を閉じ、倒れ込むように前へ。左足で地面を踏みしめ、右足を出した。  目の前で待ってくれている男の腕の中に、納まるために。
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