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 16時30分過ぎ、イブと美紀は新宿駅東口交番前で合流すると、近くの『タカオ・フルーツパーラー』へ向かった。  店員に待ち合わせであることを告げ、店内を見渡すと、2人の女性がイブと美紀に手を振って来た。 「今日はワザワザ時間作って頂いてありがとうございました」  注文を終えると、イブが絵里と紗江に言った。 「いいのよ、気を遣わなくて」  紗江が言った。 「で、私達に聞きたい事って何?」  絵里がイブに尋ねた。 「あ、はい。どうすれば、絵里さんと紗江さんのような綺麗な人になれるのかなって思って」 「あら、何も出ないわよ。ウフフ」  紗江の表情が綻んだ。 「お店で人前で弾く機会も増えたので、美容の事とかを聞きたいなって」 「私達でいいの?」  絵里がイブに尋ねた。 「はい。それに、美紀は絵里さんに憧れてるんですよ」 「嘘っ!? 私、ずっと美紀ちゃんに嫌われてるって思ってた」 「そ、そんなことないです」  美紀は慌てて手を横に振りながら言った。 「美紀、絵里さんの前だと緊張しちゃって上手く話せないみたいなんてす」 「あ、はい。そうなんです」 「でも、急に美容の事って言われてもねぇ」  絵里が言った。 「化粧品のコダワリとかってありますか?」  イブが絵里に尋ねた。 「本当のオーガニックコスメを使うようにしてるわよ」 「本当のってことは、偽物もあるんですか?」 「偽物とまで言っていいかは解らないけど、オーガニックと書かれてあっても、天然成分のみのと石油由来とかの合成成分が混じったものがあるの。私が言った本当のオーガニックコスメっていうのは、天然成分のみの方ね」 「オーガニックって書かれてあるものなら全部肌に優しいのかなって思ってましたけど、違うんですか?」 「そう、違うの。石油合成のコスメは植物のような抗酸化力は無いから、肌質が良くなる事は無いの。もしろ、肌へ負担をかけるだけ。いくら天然成分が入っていても、合成成分が入っていたら意味が無いの」 「そうだったんですね。合成成分が入っているかどうかは、どうすれば判るんですか?」 「成分表示を見るの。BG、PG、PEG-6とか、アルファベットや数字があるものは合成成分ね。色何号も。後はカタカナ系で、エチルパラベンのような『エチ』『ベン』、イソプロピルメチルフェノールのような『イソ』『プロ』『フェノ』、ポリソルベートのような『ポリ』、トリクロサンのような『クロ』なんかも合成。トリクロサンの『トリ』は『3』だから、初めに言った数字に当たるわ。『2』は『ジ』ね。ジメチコンとか」 「メモっておきます」  イブと美紀はバッグからメモ帳を取り出し、書き始めた。 「オーガニックコスメのイイ本があるから、今度2人にプレゼントするね」 「ホントですか!? ありがとうございます!」 「ありがとうございます」  美紀も絵里に謝意を伝える。 「カタカナ系でもレシチンとかラノリンみたいに天然成分のもあるから、細かいところは本を読んで覚えて」 「はい」 「基本的には、名称を見て自然界に無さそうなものは合成成分の確率が高いって思っていればいいわよ。ラヴェンダー油とかローズマリーエキスなら原料が想像出来るから、名称ですぐに天然成分だって解るでしょ?」 「あー、なるほど」 「子供のスキンケア用品にも合成成分が使われているのも多いし、今は小学生とか早いうちからメイクする子も多いから、気を付けた方がいいわよ。大人になって肌に大きな差が出て来るから」 「はい、解りました。あと、イイ男の見分け方ってありますか?」  イブが絵里と紗江に尋ねた。 「マナーと気遣いがちゃんと出来る人がいいよ」  と紗江が答えると、絵里も同意した。 「マナーって言うと、食事のマナーとかですか?」  イブが紗江に尋ねた。 「それもあるけど、公共のマナーとか全部ね。信さんや祐介さんを見ればいいよ。信さんはホテルで演奏してたし、祐介さんも、お母様が元CAで、ファーストクラスも担当してらしたから」 「へぇー。確かに信さんと祐介さんって、何か品がありますよね」 「祐介君の彼女の麻衣さんも品があるわね」  絵里が言った。 「絵里さん、信兄ちゃん達がいたカフェの常連さんだったんですよね」  絵里と同じ空間にいる事に慣れてきた美紀が、絵里に尋ねた。 「うん。スタッフの人達に品があったから行くようになったの。場所だけならもっと都合のいいカフェは沢山あったんだけどね」 「それぐらい品格とマナーって大事なんですね」 「うん。昔、デートすることになった人とカフェで待ち合わせして、相手の仕事が少し押したから、先に私が店で待ってたの。それで相手の人が来た時、コート着たままで席で脱いだから、その場で帰った事もあったし」 「コート着たまま席に行ったらダメなんですか!?」 「人の家を訪問する時と一緒で、コートはお店に入る前に脱いでおくものよ。コートを預ける店であってもね。席でコートを着たり脱いだりしたら、他のお客様の目障りになったりぶつかったりするかもしれないし、埃が舞って飲み物や食べ物にかかるでしょ?」 「言われてみればそうですね。でも、皆平気で着たり脱いだりしてますよね?」 「そうね。でも、解る人には解るわ」 「私、解らないことだらけだなぁ」 「マナーが出来ていない事すら解っていない人が多いってことは、逆に言えば、マナーが出来ているだけても評価されやすいってことよ。特に年長者やお偉いさんなんかにはね」 「そうですね。覚えておきます」  イブと美紀はメモ帳にペンを走らせた。 「気遣いは、特にどこを見ればいいんですか?」  美紀が絵里と紗江に尋ねた。 「利害関係の無い人とか自分より立場が低い人への接し方を見ればいいわよ」  紗江が答えた。 「立場が上の人やメリットがある人にはイイ顔して、直接利害関係のの無い人、例えば、お店の店員さん、受付の人、清掃スタッフさんとかに傲慢で雑な接し方をする人は信用出来ない人よ。いくら仕事が出来て今稼いでいても、そういう人はいつか落ちぶれるから。そんな人と一緒にいると、自分も同じ人だと思われて、厳しい状況になった時に誰も助けてくれなかったり、メリットが無くなった途端、人が離れて行ったりするから。今メリットがあったとしても、長期的に考えたら損よ。公私関係無く、そういう人と関わっちゃダメよ」 「はい」 「じゃあ、堅い話はこれくらいにして、スイーツ食べようよ」  紗江はフルーツパフェのホイップクリームを1口食べた。 「んー、幸せ」 「そうだね、紗江のオゴリだし」  絵里が言った。 「絵里は自腹だよ。私がイブちゃんの分出すから、絵里は美紀ちゃんの分ね」 「ヤッター、ごちそうさ……ングッ!」 「いえ、そんな。ちゃんと自分の分払います。私達の方からお2人に逢いたいって言ったので…」  イブが美紀の口を抑えながら言った。 「いいのよ。そこは気を遣わなくて。立場が上の人が自分からオゴるって言った時は、ただ「ありがとうございます」「ごちそうさまです」って言えばいいの」  紗江はイブに優しく微笑んだ。 「ねぇ、美紀。私達もいつか、絵里さんと紗江さんみたいなステキ女子になれるかな?」  絵里、紗江と別れた後、新宿駅東口前でイブが言った。 「なれるよ。ううん、なるよ。私、『シュタイン』の人達の背中見て育ったんだから」 「そうだね、ならないとね。音楽も、人としても。『シュタイン』のレベルが落ちたら、私達のせいになっちゃうもんね」 「うん」  2人は並んでしばらく空を眺めてから、駅の階段を下りて行った。
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