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日ノ本一同、心を合わせて
──大変だ。
吉野屋はさすがに青ざめた。
【利き雨音】というのは結構デリケートな作業であるから、身だしなみには無頓着でも自身の健康には気を付けてきた。
世間でヤクとも称される例の乳酸菌シロタ株飲料は毎日飲んでいるし、湯舟にも毎晩しっかり浸かる。お天気コーナーを担当するテレビ局まではなるべく徒歩で行くようにしているし、食事の栄養バランスも気を使っているつもりだ。俺の【利き雨音】に問題はない筈。
何がいけない。
従前において、探せば日ノ本のどこかに必ず雨音はあった。子供はピチピチちゃぷちゃぷランランランと水たまりで遊び、大人は私のいい人連れてこい、と希う。
雨音は、我々とは切っても切り離せない大切な心の音、ふるさとである。それを利いてこその利き雨音師。だが吉野屋の耳には今、どんな小さな雨音も入ってこないのだ。
利き雨音師・吉野屋幻蔵斎ピンチのニュースは、瞬く間に日ノ本津々浦々へと広まった。
どんな雨音の調べも拾い上げ、それを求めるものの元へ届けてきた吉野屋の仕事ぶりには、皆一目置いてきた。吉野屋にしか出来ない生業、【利き雨音】。普段はイケオジ気象予報士、その正体は唯一無二の利き雨音師。
そんな彼が雨音を見つけられないとあれば、日ノ本始まって以来の非常事態。人も人ならざるものも上を下への大騒ぎ。
「待て、落ち着け」
そんな中一人冷静なのが、吉野屋本人であった。
「各々、やるべきことをやるのだ。耳を澄まし心を凪にして、本来我々がいるべき日ノ本の季節を取り戻すのだよ」
「日ノ本の季節を取り戻す、とは?」
再び日和坊登場。この数日で日焼けした日和坊は、もちもち白団子から、まるでみたらし団子のようにこんがり茶色になってしまっている。
「梅雨前線を例年より早く北上させてしまったのは、ラニーニャ現象と偏西風の影響だ。偏西風の蛇行が収まれば、気温上昇の原因となる太平洋高気圧の張り出しも弱まるだろう。うまくすれば、七月初めには梅雨の音が戻るかもしれない。雨の神々そしてモノノ怪たちの力を借りよう。地面の温度が高いと、大気が不安定になり豪雨になりやすい。日ノ本の人々は力を合わせて災害に備えるのだ」
「承知しました。モノノ怪の仲間たちに話をしてきます」
日和坊が飛び出して行った。
「よし我々は雨を祀る神社へ赴き、神々へ伝えてこよう」
神職のおじさんたちが立ち上がった。
「俺は、テレビでお茶の間へ訴えかける」
吉野屋は無精ひげを剃り始めた。
人気イケオジ気象予報士、吉野屋幻蔵斎の防災対策への呼びかけに、日ノ本中の人々が地域の避難場所の点検、防災グッズの確認を始めた。
気温上昇を抑えるためにエアコンの節電対策を勧めれば、室外機の掃除や扇風機との併用など工夫を凝らす人も増えてきた。
人ならざるものたちも、日ノ本の四季を取り戻すために種族を超えて協力し合った。
本来は晴れ妖怪のちみキャラ日和坊が雨妖怪の元へお願いをしに行けば、お前頑張ってんなと褒められる一幕も垣間見えて微笑ましい。
日ノ本一同、心を合わせて雨音を求めたその時。
ぽつ、
ぽつっ、ぽつっ、
ぱらぱら、ぱらぱらぱらぱら……。
「雨音が戻ってきた」
吉野屋の耳に、微かに届く雨音。
「これは戻り梅雨の音だな」
日ノ本の万物に宿る心の音。皆の元に雨の恵みが届くその前に少しだけ。
吉野屋幻蔵斎は目を閉じてその音を存分に楽しむのである。
了。
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