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3
ふと、目が覚めると見慣れた家の天井だった。
ナオトはもそもそとベッドから起き上がり、夕食のいい匂いが立ち上るキッチンへと歩いていった。
いつものようにそこには大きな大好きな背中が見える。ナオトはそのままひしっとレインにしがみつく。
「おーおー起きたか、聞かん坊のおバカちん。」
レインは振り返らずに鍋をかきまわす。
「……ごめんなさい。」
もごもごとレインにしがみつきながらナオトが言った。涙にぬれたかすれた声だった。
その様子にレインはため息をついて鍋の火を緩めるとナオトの目線にあわせてしゃがむ。
「ほら、泣くなって。もう怒ってない。」
レインはグズグズになっているナオトの目元を苦笑しながら拭った。
「……うん。」
「俺も言い過ぎたな。ごめん。でも、おまえは自分が思ってるよりまだまだ未熟なんだから、俺の目の届かないところであんまり危ないことはしないでほしいだけなんだよ、俺は。」
「うん……」
まだ少ししゅんとしているナオトを抱きしめてその丸く愛しい頬にキスを落とす。
「ほらもうこれで終わり。ご飯にしような。皿出してくれ。」
「うん!」
元気を取り戻したナオトに微笑みながらレインはナオトの頭を撫でた。
「あ、ナオ。今日はお皿1枚追加な。」
そのレインの言葉に首をかしげる。
「あれ?おまえ、まだ殿下にはあってないのか?」
「???」
ナオトの頭の上にさらにハテナが浮かぶ。
「その皿準備し終わったら客間にいらっしゃるから呼んできてあげてくれ。」
「わかった!」
ナオトは食器類を準備し終わるとパタパタと客間のほうへと向かった。
コンコンとノーマンがあてがわれた部屋のドアが鳴った。椅子に座ってこれからどうしたものかと考えを巡らせていたノーマンは一度思考をきって椅子から立ち上がると部屋のドアをあけた。
そこには昼間みた楽しそうにアヴィオンに乗る少年がこちらをじっと見上げていた。
「あ!甲板にいたお兄ちゃん!」
そう言って合点がいって納得したようにナオトはいった。
ノーマンは微笑むとナオトの目線にあわせてしゃがむ。
「お兄ちゃん王子様だったんだね。」
「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺はこの国の第2王子、ノーマン・プレギエーラという。ノーマンと呼んでくれ。」
「ナオトだよ!よろしくね、ノーマン!」
ナオトはそう言って笑うとノーマンの手を掴んだ。
「晩ごはんできたから呼びに来たんだ、行こう!レインのご飯はすっごくおいしいよ!」
「あ、あぁ。ありがとう。」
ナオトのその無邪気さにさっきまで悩んでいたことはどこへやら少し引きずられていくようにノーマンは手をひかれるままナオトについていった。
その最初の夜はそうして二人の賑やかな様子に囲まれて穏やかにすぎていった。
―――――――――――――――――――――――
「ノーマン、おはよう!!」
バンっとノーマンの泊まる部屋のドアを開けて開口1番にナオトがいう。
少しびっくりしながらノーマンはちょうど着替え終わって微笑んだ。
「おはよう、ナオト。」
ナオトはとても楽しそうにしながらノーマンの手を掴むとキラキラとした瞳でノーマンを見上げて言った。
「ノーマン、遊ぼう!!」
「……え?」
その後はもう怒涛の勢いだった。
朝ごはんを食べたあとまたナオトに手をひかれ村のあちこちを連れ回される。
側近のハロルドも追いかけるのが精一杯なくらい、ほとんどじっとしていることがないほどあちこちを俺の手をひいて走り回っていた。
村人の建てた変わった建物。
見たことのない色鮮やかなこの村特有の染め物。
断崖絶壁の下の雲海と抜けるような青い空。
色とりどりに咲き乱れる花畑。
放し飼いにされる牧畜たち。
先週にやっと産まれたと言いながら見る鳥の巣。
楽しそうに歌いながら畑仕事をする村人。
村人たちの乗るアヴィオンが雲をひいて青い空を駆けていく。
おいしいからと言われてもらった赤く少しすっぱい実のシャーベット。
どれも王城では見ることのない美しい景色の中をナオトの手にひかれて駆け回った。
王城のあの狭苦しいのにただ無駄に綺麗で広い場所にいるときよりもなんだか心がほどけたような、そんな気さえした。
「ノーマン、ちょっとまっててね。」
少し休憩と言ってナオトが来たのは村近くの澄んだ泉でその中心へざぶざぶとナオトは入っていくと立ち止まり、祈るように手を組む。
すると澄んだ優しい風が巻き起こり、泉の水が重力に逆らってナオト前で1つの青い丸い塊になる。
それはやがてナオトの手のひらに落ちた。
ナオトはノーマンのところへ戻ってくるとその澄んだ丸い青い石をノーマンの手のひらにころんと手渡した。
「これは?」
「空の瞳って言うんだって。レムが言ってた。」
「!!!!?」
ノーマンはそう言われて驚いてもう一度手のひらのそれを見つめる。
"空の瞳"
それは龍族しか持ち得ない少し特殊な石でその石に自分の魔力を込めて貯めておくことのできる石だ。魔法師なら喉から手が出るほど欲しいものなのだが如何せん、発生場所も条件もわからず持っているのはこの世界ではもうほとんど見られることのない龍族のみなので市場に出回ることさえない代物だ。
まさかこんなふうにほいと渡されるとは思わずノーマンは驚いてナオトをみる。
「……どうして、こんな貴重なもの……」
「おまもり!」
ナオトは無邪気な笑顔でそういって泉からあがる。
「ノーマンの魔力すごく綺麗だから。守ってくれますようにって。」
「魔力が綺麗?」
ノーマンはよくわからず首をかしげた。
「うん、魔力はね色がついてるんだよ。」
「……そうなのか。」
とりあえずまだよくわからないがそういって相槌をうつ。
「うん、レムがね魔力は人によってそれぞれ色があって、それは一生のうちにいろんな原因で変わっちゃうんだって。」
ナオトは脱いだ靴を履きながらそういう。
「たくさん嫌なことがあって自分を失ってしまったらその色は曇ってしまうんだって。だからお守り。」
ナオトの青い澄んだ瞳がまっすぐ俺を見上げる。
「ノーマンの綺麗な魔力がこの先変わらずそばにありますように。」
ナオトはそう言ってまた笑った。
驚きとそれを追い越してしまうほどの嬉しさがこみあげてくる。
こんなに純粋な気持ちでこの言葉を紡いだのはいつぶりだろうか。
「ありがとう、ナオト。」
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