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 ざわざわ、行き交う人の声があちこちから聞こえる。 高い高い空を隠してしまうほどの大きな建物。見上げる青い空は変わらないはずなのにそれはずいぶん狭く遠く感じて。知らないはずなのに、見たことはないはずなのに……。 それはどこか懐かしさを覚える。おれはこの景色を知ってる。音が消えて人が消えてふと、振り返れば景色は変わって広くて高い青い空に一面の風に揺れる黄金色の稲穂。遠くには小さな小さな古い家。 誰かがそこで手をふってる。知ってる。おれは……この懐かしい場所に帰ろうと。 途端におれは稲穂をかき分けて走り出していて、その手をのばして、叫んだ。燃える、消える。やめてよ、消さないで。大事なんだ。ねぇ、置いていかないで。聞こえてるんだろ、お願い。お願いだから…… もう一度おれを呼んで……「――――――。」      ハッと目が覚めて見慣れた家の天井を見つめていた。違和感を覚えて顔を拭うととめどなく涙が溢れていて、それは自分ではとめられなかった。 パッと急に部屋の明かりが灯る。 「ナオ……」 呼ばれて見てみればそこにはレインがいて、おれの様子にさして驚いたふうもなく、ベッドの端に腰掛けておれの涙を拭う。 「"夢"をみたか?」 そう言われてこくんとうなずいた。 「今までみたいに知らない景色のはずなのに妙に懐かしく感じたか?」 まるで知ってるみたいに、レインは聞いてくる。 「なんで……わかるの?」 「俺にも少し覚えがある。龍族の覚醒はその"夢"で成るからな。」 「みんな視るの?」 起き上がったところなのにレインにそのまま、またベッドに寝かされてそのあたたかい手で頭をなでられる。 「視ないやつもいる。一度視てそれきりの者も。でも総じて視た者は魔力量もその扱いもその"夢"を視るたびに大きくなって優れていく。おまえは元が多いからな、どうなるかわからないがもしこの先も何度も視るようなら気をつけろ。」 「……どうして?」 レインは厳しいまなざしでまっすぐおれを見た。 「のまれるんだ。その記憶と力に。……だからもし"夢"をみたらしっかり認識しろ。おまえはここにいて、ここで生きてるって。決してその"夢"がおまえのすべてじゃない。」 レインはそう言って手のひらをナオトの胸においた。 「わかった。」 「ほれ、どうせ身体だるいんだろ。まだ熱っぽいし、もっかい寝ろ。」 レインは微笑んで立ちあがる。 「うん……」 「おやすみ。」 部屋の明かりをレインが消してその背中がドアの向こうへと歩いていく。 「ねぇ、レイン。」 「ん?」 ドアを閉めようとしたレインが応えた。 「なんでこんな夢を視るんだろ……」 「……さぁ、なんでなんだろうな。俺もそれはわからん。」 「そっか……」 その言葉を交わしてレインはドアを閉めた。 それからすぐに眠りに落ちたけどとても不思議なあの"夢"を視ることはなかった。 ―――――――――――――――――――――――   次の日、昨日と同じようにレインと打合いの稽古をしてみると格段に魔力制御がしやすくなっていた。昨日まではもっと制御しないと!と思ってやっていたことが魔力そのものがおれの感情に応えるように動いた。そのおかげか今日はレインから一本とることができた。 「やったぁあ!!」 ナオトは地面にへばるレインをよそに飛び上がって喜ぶ。 「レイン、おれ勝ったよ!これでノーマンに会いにいってもいいだろ?」 ナオトは喜び勇んでニコニコと満面の笑顔でレインにつめよる。 「はぁあーー……」 レインはナオトのその様子に呆れつつも苦笑してため息をついた。 「約束したもん!勝ったら行ってもいいってレイン言っただろ!」 「うん、言ったな。」 レインはそういいながらぽんぽんとナオトの頭をなでる。 「ならいいでしょ!なにが不満なの!」 いまだ煮えきらない返事しかしないレインにナオトがさらに詰め寄る。 「わかったわかった。行っていい。許可はするけど条件付きだ。」 「なんで!!おれ勝ったのに!条件付きとか聞いてない!!」 ナオトはそういって唇をとがらせる。 その唇をレインが摘んで引っ張った。 「おまえの性格上、村の外に長期間出ようもんならあっちこっち飛び回って帰ってこなくなるだろ。だから期限をつける。5日だ。5日たったら帰ってこい。」 レインはそういってパッとナオトの唇から手を放した。 「短い!1週間!!」 「だめ、5日。」 「6日!」 「5日だ!異論は認めん!!」 「ええええぇ!!」 レインはそう言って立ち上がり近くに落ちていた自分のパイオネットを拾い上げ、一人ぶつぶつと考えはじめたナオトの目の前にパイオネットを振り下ろした。 「言っとくが1日2日くらい適当に言い訳してなんとかしようとか考えるなよ。5日で帰ってこなけりゃそのときはレムが強制送還に向かうからな。その後はアヴィオン乗るのも禁止で家に軟禁だ。」 「……はい。」 その言葉にナオトは顔を引き攣らせて返事をした。 「よろしい。……で?いつから行く?」 「んんー長旅したことないからなぁ……準備とかわかんない。何がいるの?」 「そういやそうだったわ……ほれ、いろいろ教えてやるからとりあえず当面必要なもん集めるぞ。」 レインはパイオネットを肩に担ぐとスタスタと歩きはじめた。 「うん!!」 ナオトもそのあとをたのしそうにスキップまじりについていった。 ――――――――――――――――――――――   龍族は基本的にみんな魔法を使うことにたけている。なのでなにかあってもだいたい魔法で解決してしまうのだが、旅の準備をはじめたおれにレムはあれよあれよという間に便利道具をいろいろ与えてくれた。今はその吟味のために神殿に来ている。 「ナオトに作らせようと思ったのにこんなもんまで与えてどうすんだよ。」 レインはそう言ってそれなりに年季の入った革でできたボディバッグを掴み上げた。 「なに?これ?」 ナオトが聞けばレインはため息をついて適当に近くにあった椅子まで歩み寄るとバッグの口の近くにその椅子をよせた。 すると途端に椅子は吸い込まれるようにしゅるん、とバッグに吸い込まれて消えた。 「え!!!?なに?!なにしたの?」 ナオトは興味津々でレインのもとへと走り寄ってバッグの中をのぞいた。 その中は普通のカバンとは異なり、底はなくただぽっかりと黒い空間があいていた。 「マジックバックだよ。なんでも入る鞄。」 「すごーーーい!便利!!どうやって使うの?」 ナオトが聞くとレインはバックをナオトの手から取って説明をはじめた。 「まずバッグに物を入れるときな。」 レインはさきほどの椅子をバックの口に手を突っ込んで引っ張り出す。絶対にそのバックの小さい口には入らないだろうに不思議なことに椅子はなんの抵抗もなくレインの手につかまれて出てきた。 「バックをもつ。バックに入れたい物をもう片手にもつ。持ったら魔力を両方に流す。それだけだ、簡単だろ?」 そう言われてナオトもレインが言うようにやってみた。すると椅子はまたバックに吸い込まれていった。 「おおおおー!」 「出すときはバックに手を突っ込んで出したいものを想像する。」 ナオトはまたバックに手を突っ込んで椅子を想像すると難なくまたバックの外に椅子がでてきた。 「おもしろーーい!!」 ナオトははしゃぎながら手当り次第そのへんのものを掴んでバックに入れては出してを繰り返しはじめた。 「レム、いいのかー?こんなん渡しても。」 その様子をたのしそうに見つめていたレムがくすくすと笑いながらいう。 [構わないよ。それがあればどんなに大荷物でも苦労しないだろ?] 「まぁ、そうなんだが。俺としちゃ一回こいつの手でマジックバックつくってほしかったんだがな。」 [大丈夫、ナオトは感覚派だからそんなもの教えずともそのうちできるよ。それより実物を持って体感してもらうほうがナオトに教えるにはちょうどいい。] 「ったく、相変わらずナオトには甘いな……」 レインはレムのその様子に腕を組んでため息をついた。 「ねー、レイン。これさ、なんで狩りとかに使わないの?すごく便利じゃん。獲った獲物入れ放題。」 ひとしきり遊び終わったナオトがふと、そんな質問をレインに投げかけた。 「教えなかったんだよ、おまえには。それ教えたらなんでも入れて持って帰るし、持っていくだろ。外から持って帰ってくるのはまだしも持っていって失くされでもしたら困るもんはこの村に腐るほどある。」 「……そんなことないもん。失くさないし。」 ナオトは唇をとがらせて講義するも、レインはため息をつく。 「俺はおまえのその部分については絶対に信用しない。」 「ひどい!」 「事実だろ。」 [ほらほら、言い合いしてないで旅支度の続きをしなさいな。] 言い合いをはじめそうになった2人をレムは苦笑しながら仲裁をする。 「まぁ、これで荷物の件はとりあえず片付いたとして食料だな。」 レインはそう言いながら神殿の中にあった収納タンスから紙とペンをひっぱりだす。 そしてそこになにやらサラサラと書き込んでナオトに渡した。 「え?これ、……今から採ってこいってこと?」 その紙にはいつも狩りで仕留める獲物数匹と何種類かの薬草と山に実る果物が書かれていた。 「そういうこと。とりあえず数日分だからな。王都に着くまではそれで持つだろ。ついたら食いもんくらいは殿下になんとかしてもらえ。あと路銀はいくらか渡してやるが王都についたらヴィクセンに聞いて冒険者ギルドでいくらか仕事紹介してもらえばそれなりに金も手に入るだろ。」 「なに?冒険者ギルドって。」 ナオトが首をかしげてきく。 「一般の人が手に負えないことだったりを世界中を冒険してそれなりに力のあるやつが手助けする、まぁいわゆるなんでも屋だな。」 「へぇ、そんな仕事があるんだ。おれでもできるの?」 「龍族を舐めるなよ?そのへんの奴らに簡単に負けるような鍛え方はしてない。大抵はなんとかなるだろ。」 レインは不敵ににやりと笑ってナオトの額をはじいて言った。 「とりあえず食材集めてこい。狩りのほうは心配してないが、薬草はよく見ろよ。間違ったもん持ってきたらもっかい採取に行かせるからな。」 「はーい……ね!レム、このバック早速使っていい?」 ナオトは弾かれた額をさすって返事をして手元のバックをレムに掲げて訪ねた。 [もちろん、それはもうナオトにあげたんだから好きに使いなさい。] 「やったあーー!じゃあいってきまーーす!」 ナオトは喜んでボディバッグを早速背負うとパタパタと神殿を出ていった。 [さてさて、あの子の誕生日の準備もしないと。] レムはそう言ってたのしそうにナオトのその背中を見送って微笑む。 「本当だよ、このクソ忙しくて大事なときに外に行くための準備も平行してやるとか……」 レインはそういって悪態をつきながら近くの椅子に座った。 [そう言いつつも楽しそうじゃないか。] 「……ほっとけ。」 レインはそう言いつつそっぽをむく。 「……なぁ、レム。誕生日にあの話もするのか?」 ふと、レインは厳しい表情でレムをみつめる。 [もちろん。必要なことだ。] 「……そうか。」 レインは一言そういってナオトが散らかしていったものを片付けるために立ち上がり、いろいろと拾い上げる。 [不安かい?] レムのその言葉にレインは表情を曇らせる。 「……そりゃな。」 [あの子はヤヒロとは違うよ。] 「あたりまえだ。……一緒であってたまるかよ。」 レインのその表情がくしゃりと歪む。 「……レム、なんでおまえは俺にナオトを育てるよう言ったんだ。子供を育てたがったやつは他にもいたのに。」 レインはそんな話をしながら神殿の片付けを続ける。ここにはナオトが幼い頃からレムに贈ったりしたぬいぐるみや絵や村人からはじめて教えてもらって染めた綺麗な布、遊んでる途中に見つけた綺麗な石などがいたるところにあって、きっと神殿とは名ばかりのまるでナオトのおもちゃ箱だ。 レムはそのすべてを宝物だといって全部愛おしいそうに大切に保管している。 [今更だね、その質問は。] 「俺は……はっきり言ってガラじゃないだろ。」 レインは苦笑してレムを見ればその金の瞳にまっすぐみつめられる。 [そんなこともなかったろう?] 「あんたはわかってたのか?」 そう聞けば珍しくレムが身体を揺すって大笑いをした。 [親になればこんなに変わるもんなんだね。あの荒くれで困った聞かん坊がね。……ふふっ。] 「そこまで笑うことかよ。悪かったな、荒くれで。」 レインはなんだか少しバツが悪そうにふいっと背を向けた。 「悪くなかったろう?人を育てるのは。目まぐるしくて、煩わしくて、……愛しくて。」 優しく穏やかなレムの声が耳をふるわせる。 「……そうだな。と言ってもあいつはまだまだ子供で危なっかしいとこばっかで目が離せないけどな。」 レインはそういって少し困ったように苦笑する。 そのレインの様子にレムも嬉しそうに金の瞳を細めて微笑んだ。   そんな会話をしながら片付けているとふと、外が騒がしいことに気づいた。 「ん?なんだ?またナオトがなんかやらかしたのか?」 レインははぁと少しため息をつく。 [……いや、これは。] レムが急に身を起こして翼を広げた。 [レイン、ナオトを呼び戻せ。] 「なんだ?また襲撃者か?」 レインが手元のパイオネットを掴む。 [そう単純なものであればいいがな。とりあえず外に出よう。] レムはそう言って天井の天窓をあけて外へと飛び出していった。
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