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始まり
その日、私がいつも通り会社へ行くと中から大きな怒鳴り声が聞こえた。
それは1人だけではなく何人もの声で、会社の外まで聞こえている。
私は慌てて会社に入り事務所へ向かうと、そこには社長の机を囲むようにして大勢の人が立っていた。
「どういうことだよ!」
「あいつらどこ行きやがった!!」
「明日からどうすんの?!」
「おい!給料!!給料はどうなるんだ!!」
人だかりの前の方からは職人のおじさんたちの怒鳴り声。
それを取り囲むようにして事務員のおばさんたちが大騒ぎしていた。
私は入口の近くにいた佐藤さんに話しかけた。
「おはようございます……あの、どうかしたんですか?」
佐藤さんは私が後ろから話しかけると驚いたように振り返った後、私の肩を力強く掴んで言った。
「田中ちゃん!!大変よ!!社長たちが逃げちゃったの!!」
たしかにここ1年ほど会社の業績はかなり厳しかった。
特に社長の息子の猛さんが副社長になってからは出勤日が減り、給料も少し下げられた。つい先日も佐藤さん達と今後どうするか、という話をしていた。
そんな中での社長たち経営者の夜逃げ。
これからどうすればいいのか、仕事は、給料は?
私の頭の中は真っ白になってしまった。
その後、佐藤さん達と手分けして色々調べたり無料相談窓口やハローワークなどへ行った。一応手続きをすれば給料も出るらしい。
しかし、明日から無職……。どうしよう……。
途方に暮れていた私のスマホに1件のメッセージが来た。
< 明日ひま? おいしそうな店見つけたんだけど一緒に行かない? >
美紀からだった。
彼女とは中学から大学まで一緒。
中学、高校時代は特に交流は無かったが、
大学では学部も一緒で、さらに田中と橘で学籍番号も近かったため自然と仲良くなった。卒業後は少なくとも2カ月に1度は会って食事をしたり出かけていた。それは美紀が結婚して3年前に浩太君を出産、昨年離婚してからも変わらなかった。
< ひまー!行こう!聞いてほしいことあるし!浩太君も連れてくる? >
< いや、母さんに見ててもらう!聞いてほしいってなになに?気になる >
こうして何度かやりとりをした後、美紀からお店のURLが送られてきた。
どうやら今月新しくオープンしたカフェのようだ。
値段は少しお高いが写真映えしそうなメニューがてんこ盛りだった。
私は美紀から送られてきたお店のURLを見て少しだけ気分が上がった気がした。
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