雨音が連れ去った人

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その日は久しぶりに母さんと2人で寝た。 「じいちゃん、元気でよかったね。雨の音もう聞こえないかな?」 「そうね……何ともないみたいだし、きっともう大丈夫よ」 夜中、僕がトイレから部屋に戻ろうとしたとき、庭の真ん中あたりに祖父が立っているのが見えた。 寝間着にサンダル姿で、ただぼーっと立って空を見上げていた。 「じいちゃん、なにしてるの?」 僕は祖父に声をかけた。すると、祖父は少し悲しい顔をして僕の方へ歩いてきた。そして屈んで僕の頭に手を置いた。 「雨がな、降ってるんだ。台風くらいの大雨だ。うるさくて寝てられん」 そう言う祖父の顔は先ほどよりも悲しそうだった。 僕が雨なんて、と言おうとすると祖父はまた空を見上げながら言った。 「雨なんて降っとらん。そんなのわしだって見りゃわかる。  でもな、音が聞こえるんじゃ」 「降ってないのに音がするの?」 「あぁ、こんな綺麗な空なのにな……わしの耳には土砂降りに聞こえる。  へんなこったなぁ」 少しの間、僕と祖父は一緒に空を眺めていた。 星がきれいな夜だった。 その日の朝、祖父は亡くなった。 僕は昨夜、一緒に空を見た時の悲しそうな祖父の顔が頭に浮かんだ。 そして祖母は泣くのを耐えるように顔を歪めながら言ったのだ。 「母さん今、雨降ってるか?って、最後に言う言葉がこれなんて……」
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