#14 俺たちは押すしかない─Side 真琴

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   ほんのり水色がかった涼しげな冷酒器は、すでに空になっていた。森内が、「すいませーん、さっきの」と常連客のように声を張り上げ、赤らんだ顔をこちらに向けてくる。 「まあ、そういうことだ。わざわざグランピングなんて企画したんだから、おまえが一番、なんとかしたいと思ってんだろ」  筋肉オバケの脳筋男のくせに、わかったような口利きやがって。  心の中で麻生のような悪態をついたのは、図星だったからだ。ここまで完全拒否されていても、俺は千夏を諦めきれない。それどころか、必死で守り続けてきたものを全部捨ててしまいたいとすら思う。   「俺は、こんなに顔が良くて仕事ができて信用もあって、持ってないものはないほど完璧なんだけど」 「性格が致命的だけどな」 「好きな女にブロックされて可哀想だしな」 「俺が残念な男みたいに言うの、やめて」 「はっきり言うけど、残念だよ。おまえ」  人生で初めて押された「残念」の烙印に呆然としていると、森内が、「ていうか、俺ら全員残念だよな」なんて言ってあっけらかんと笑う。行平は、面白くなさそうな顔で頬杖をついている。  そもそも、こうして集まっている理由はなんだっけ?いい歳して恋愛が恋愛未満で壁にぶつかってばかりだから、寂しい酒を囲んでいたんじゃなかったか?そして、このふたりを招集したのは俺だ。 「知ってるよ。本当の俺は残念だし、大したことがないんだ。面の皮が鋼どころかダイヤモンド級に丈夫だから、立科真琴をやってこられただけ」  俺は俺でいたいと切望していた俺が、どの俺なのかがわからない。その俺は、千夏といたい俺よりも大切な俺なんだろうか。 「立科は性格に難があるし軽薄だし、根拠のない自信が過ぎるけど」  本人に向かって堂々と悪口を吐いているのは、もちろん行平だ。グラスになみなみと注がれた「緑川」を啜るように含み、「うまい」と零す。 「結構、面白い。吉岡は、割と面白いもの好きだと思う」  行平の口から語られた千夏にムッとしたが、「外では感情の波を見せない」がマイルールのひとつだ。ここは爽やかに流して──。 「立科、なにキレてんだよ。おまえでも妬くのか」  森内がゲラゲラと笑ったから、それが失敗に終わったことに気づいた。薄っぺらいマイルールなど、残念な男たちの前では通用しないらしい。 「そんなに吉岡が好きか」 「……当たり前だろ」 「じゃあ明日は、その高級ダイヤモンドをかち割って、残念で面白いおまえを引きずり出せよ」
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