#14 俺たちは押すしかない─Side 真琴

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新卒で入庁したころの俺は、己の女性遍歴と釣り合わない冷め切った恋愛観にうんざりしていた。 結婚だけはしないと固く心に誓っていたが──あんなものは、お互いを縛るだけ縛り、不幸に陥れる恐ろしい契約だ──、普通に誰かを好きになることすらできないのだと、諦め果てていた。  吉岡千夏と出会ったのはそんな折だった。第一声は、「さっきからヘラヘラ笑ってるけど、話、聞いてます?同期だからって舐めてる?」。実に千夏らしい。容赦なく刺々しく、真剣で鋭い。 「舐めてないよ。明日の会議の話だったよね。続けて」 「同い年で同期入庁ですよね。その喋り方、やめてもらえます?」 「吉岡さんこそ、敬語やめたら?」 「ここは職場です」 「俺たちは同期です」  美しい狐目をさらに吊り上げた千夏をどう宥めようか思案していたら、突如、地響きのような音が鳴った。すでに20時を回った事務所はほぼ無人で、その音は見事、フロア中に響き渡った。 「……聞こえました?」 「聞こえてない可能性があると思ってる?」 「質問を質問で返さないでください」 「それなら敬語をやめてください」  じっと熱っぽく見つめてやると、彼女は観念したというようにしゃがみ込んだ。俺にではなく、空腹に。  お昼からなにも食べてないの。仕事に集中してたら、こんな時間になってて。先ほどまでのハリネズミのような態度からは想像できない、恥ずかしそうな笑顔のせいなのか、急に砕けた口調のせいなのか。いまでもよくわからないが、俺はこの瞬間、千夏に落ちてしまったのだった。  そのまま飲みに行き、越したばかりのアパートに連れ込んでベッドイン──とはならなかった。きっかり0時まで飲み、彼女はさっさとタクシーで帰っていった。シンデレラかよ、と突っ込んだ声は酒で掠れていた。新鮮だったし、嬉しかった。  手を替え品を替え、余裕のあるふりをしながら必死に口説いた。付き合い始めたのは、それから一ヶ月ほど後のことだ。若かった千夏はいまほど頑固じゃなかったから、「そんなに言うなら」とはにかみながら頷いてくれた。その夜、初めて千夏と身体を重ねた。 * 「おまえの複雑な事情はよくわかんねえけど、とりあえず、考えるより動いてみたらいいんじゃねえの」 「ドントシンク、フィール」 「すごいな行平くん、全然気持ちがこもってない」 「行平、そのキレーな顔でカタカナ英語繰り出すの、やめろ」
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