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2話 部屋に潜む闇
おいおい、今度はガチな奴が出てきたんじゃないだろうな。
俺はその少女を見るなり思わず嘆息してしまった。
何しろそのコはずっとうつ向いたまま微動だにすることなく、じっと立ち尽くしているのだ。
藤香と雰囲気が明らかに異なるのは一目見て理解出来た。
フレンドリーでどことなく愛嬌のある藤香とは対象的にその少女はとても陰気な雰囲気を漂わせていた。
俺はおそるおそる少女に近づき、声をかけてみた。
「……あの、すいません」
声をかけると突然少女は顔をあげ、
「……あ…あ…あ…あ…ああ……」
白目全開の表情で俺を見つめ、声にならない声をあげてきた。
「うおっ?!」
俺はその異様な形相に驚き、思わず腰を抜かしてしまった。
「理解してもらえました?アイツに殺られちゃったらこんな風になっちゃうみたいなんですよ」
腰を抜かす俺の背後に立って藤香は告げる。
ちょっとドヤ顔してるのがムカつくが……とは言え、それが本当に死んでないと断言出来る証拠となるにはいささか判断材料としては薄い。
だが、奴の犠牲になったかなってないので判断すれば、まだ犠牲になってないと言えるだろう。
つーか、あいつに捕まって殺されるとあんな風になるのかよ?!
嫌すぎるだろう……。
加えて恐ろしいのは被害者の成れの果てだ。
なんで被害者まで○怨テイストなんだよ?
被害者の霊まで化物になんのかよ?!
しかも、ここ俺の部屋だし!
「……お兄さん……この部屋ヤバいです……」
一話の終わり際で気絶退場していた深咲がいつ復活したのか、俺に声をかけてきた。
「……ああ、知ってる」
「だったら早く引っ越しを……」
「ムリだ」
「どうして?……って、私だ!!」
ノリツッコミみたいに答えに気付き、深咲はもだえる。
俺が引っ越し出来ない理由は契約の際交わした規約だ。
この規約のせいで俺はあと一年この部屋から出ることは出来ない。
参ったな。
正直、藤香みたいな幽霊ならまだ我慢出来るが、あの藤香の友人の○怨被害者はマジ勘弁だ。
仕事で疲れて、ドア開けた瞬間、苦悶の表情を浮かべ、白目向いた奴が口を全開にして、
「…………あ…あ…あ…あ…あ…あ…」
とか言ってくるとか考えただけでもゾッとする。
そんなことを考えてると、もだえていたはずの深咲がもだえるのを止め、まっすぐな瞳で俺をじっと見つめてきた。
なんか嫌な予感がする……。
「お兄さん……私、決めました!」
「決めたって……なに?」
もう完全に悪い予感しかしない。
それによく見ると、右手を背中に隠してるし……それ絶対アレだよな?!
「……お兄さんが殺されるなら、いっそ私がっ!」
そう言って後ろ手に隠した包丁を俺に向け、襲いかかってきた。
「やっぱりかよ、てめえは変わらねーな!」
襲いかかってきた深咲の手を抑え、包丁を叩き落とす。
実は深咲に襲われるのはこれが初めてではない。
過去に二度ほどヤンデレ暴走化したこいつに俺はガチで命を狙われたことがある。
幸い、ケガしたことはないが正直刃物を向けられるのはあまり心地のいいものではない。
「……なんでジャマするんですか……?」
いつもの深咲からは想像も出来ないような、か細い声。
おそらく抗議の言葉なのだろう。
「そりゃあジャマするだろ。まだ死にたくないし……」
俺がそう答えると、深咲は顔を上げ、キッと睨み付けてきた。
その瞳には大粒の涙を浮かべて、だ。
だいたい深咲が何を考えているのか判らんでもないのだがーーだからと言って殺されてやるつもりはないし、そもそもその必要性もない。
なぜなら、突破口があるからだ。
そうとは知らない深咲は、
「……判ってるんですか、お兄さん?!このままだとあんな風にされちゃうんですよ!」
「だろうな……」
「だったら、なんで……?」
「まだなんとかなるからさ。完全に追い詰められたわけじゃないよ」
「それって……」
動揺したのか、それとも俺の言葉に安心したのか、理由はよく判らなかったが深咲の腕の力が弱まった。
俺は一気に深咲の手から包丁を奪い取り、
「……さっき藤香が言ってたろ?ルームメイトのあのコが気味悪がって御札を剥がしたって……あの化け物の障りは封印が解けたものだって、だったらまた御札を貼ればいい」
「……そんな御札なんてどうやって?」
「さあな……けど、生き残るにはそれしかないだろ。まだ終わりじゃないさ」
俺は深咲を諭すと、再びクローゼットの奥を覗く。
クローゼットの奥には今まで見たこともない歪な穴が広がり始めている。
おそらく毎日聞こえていた引っ掻くような音の原因はこれだろう。
隣に巣食う化け物が俺を殺すための道を造る為に穴を広げている。
言葉にするだけでもナンセンスなのに――これが実際の危機として身に降りかかることになろうとは――つくづく俺は呪われているな、と思うよ。
穴からそっと伸びてくる青白い腕を横目に俺はクローゼットの扉を閉めた。
「……深咲、藤香たちの前に住んでいた住民の情報が欲しい。調べてくれるか?」
「えっ……あ、はい」
「出来れば急いでほしい。もう時間の猶予はなさそうだ」
俺の頼みに深咲は「任せてください」と、さっきまでのヤンデレモードが嘘だったかのような爽やかな声で返事をすると、大慌てで部屋を出て行った。
「……意外と冷静なんですね」
俺と深咲のやり取りをどこか呆れた様子で伺っていた藤香が口を開いた。
「いや、これでも随分怖がってるよ……」
「私にはとてもそう見えませんけど……?」
そう言われて思わず苦笑してしまう。
「そう見えないのは多分二度目だからだよ」
俺の言葉に藤香は首を傾げる。
「二度目って、どういう意味ですか?」
「言葉通りさ……俺は前にも同じ経験をしてるんだよ。得体の知れないヤツに命を狙われる――それを一度経験してるから冷静なように見えてるんだと思うよ」
俺の答えに藤香は「なるほど」と頷く。
とは言え、一度目は偶然助かっただけで自力で突破出来たわけではない。しかも、限られた場所だったため逃げるこてが出来たが、今回は逃げ場がない。
ほんとにどうにか出来るのかよ、俺は?
窓に映った不安げな表情を浮かべる俺自身の姿を見つめながら、俺は自分に問いかけた。
当然、その答えが返ってくることはなかった……。
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