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しかし男は、トクラ・トモキは、そういった街の動きやノイズに、いっさい注意を止めない。まるでそんなものはそもそも存在すらしていないと言うように、ひたすら一定のペースで、雨の歩道、こつこつと正確な歩幅を刻んでいく。
――ん?
そのトクラが、足を止めた。
彼は見上げる。左上方、フォウム社製のインフォ・スクリーン。
主要交差点ごとに設置された公設大型スクリーンは、企業広告やニュース、そのほか政府広報などを24時間垂れ流す。いまその画面に、トクラの視線は固定する。
――やれやれ、またおまえか
画面では、人気アーティストのプロモーション・ビデオが流れている。映されるのは、キリシマ・サヤ。ここ数年でぐんぐん人気をつけてきた若手女性シンガー。新時代のイコン、国民的アイドル。年はまだ二十前後。少し色素の薄い透き通る瞳。ベルベット光沢のある紫のロングドレスが、歌にあわせて流れるように揺れる。
――だが、いよいよだ
男の表情が、はじめて変化する。それはあまりにかすかな筋肉の動きで、遠目からは読むことができない。が、おそらく彼は、そう、笑ったのだろう。
――もうまもなくだ。あのときの約束が、こんな形で実現するとはな。はは、まったく。ときどき本気で信じられんな、この世界ってやつが。本気でくだらねえ筋 書きを書きやがる――
ヴァギオン、怒れる戦士
血を流す覚悟はある?
心臓をつらぬく意志はある?
キリシマ・サヤは歌う。飾りのないまっすぐな声が、正面から男を射る。
歌のタイトルは、『ヴァギオン』。
二年前にリリースされたこの曲は、まるで疫病のように全国をかけめぐり、今も多くの若者のあいだで熱烈に支持され続ける。
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