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8.10. 6:25 p.m.
ナガノ県、Kosugizawa駅
十年ぶりにオウミ線に乗った。名前に海(umi)がつくのに、この路線は海辺を通らない。二千メートル級の山々が連なる山脈の谷間を走るローカル線。前に乗ったとき十一だった。いまわたしは二十一で、まもなく二十二になろうとしている。
起点になるKosugizawa駅。ホームにとまっているのは、十年前にはなかったネオ・ディーゼル車だ。銀色の車体に青のラインが描かれている。編成はたったの二両。ここのところは、十年前と同じだ。駅の裏の暗い木立で、うるさいくらいにセミが鳴いている。
時刻は夕方。太陽は、アオキガ岳の向こうに沈もうとしている。目的のYakumo駅までは、およそ一時間の道のり。車内は冷房がよくきいていた。
座席につくと、ポケットからミュウフォンを出して耳にあて、Liza Crown(リザ・クラウン)のニューアルバムを流す。そのまま目を閉じる。淡い闇の中を、わたしの意識はただよう。
目を開けたとき、汽車はもう走り出していた。ここから見える乗客は、わたし以外には五人。土地のおばあさんが二人と、いかにも登山に行きますという格好をした50代の旅人三人組。
竹林や田畑や小さな集落が、窓の外を流れていく。列車ははじめ川沿いを走っていた。大きな鉄橋をひとつ越えたあと、まもなくその川をはなれた。いくつもトンネルをくぐり、カンカン音を出す旧式の踏切りを越え、いくつかの無人駅に停車した。この頃にはもう日は暮れた。窓の外はほとんど何も見えない。わたしは鞄から本を出して読もうとしたが、あまり集中できなかった。胸の前で腕を組み、頭を窓にあずける。そのままの姿勢でわたしは眠った。
わたしはそこで夢を見る。
わたしはステージで歌っている。ライトの逆光で客席は見えない。五千人くらいの会場だろうか。ドラムズがキツいビートを立ち上げ、曲のサビに向かう。ベースが重低音を投げ、ただれたコードでビートを追う。聴衆は最高の山場に向かって体全体でリズムをとる。
そのときわたしは、いきなり声を失う。
言葉が出ない。
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