真夏のこどもたち

5/130
前へ
/130ページ
次へ
 歌うべき言葉が、消えた。  わたしはステージの上で立ちつくす。  気がつくとビートはもう止んでいる。  静寂。無音。殺気をはらむ暗い沈黙。  でも、だけどもう、  わたしはもう、歌えない。  言葉はもうすでに死んでしまった。  やがて客たちが騒ぎだす。おい歌えよと誰かが言う。歌え歌えと、誰かが続ける。  それから人々は呪いの言葉を吐きちらす。顔のない人々がステージを埋め、わたしは群衆に飲まれる。  息ができない。息ができない。  酸素を求める心臓が、胸の内側で暴れ出す。わたしは叫ぼうとする。わたしは大声で叫びたい。けれどわたしは叫べない。そこに言葉はない。わたしにはもう声がないのだから――  そこで目が覚める。  ああ、と深く息を吸う。  いつもの夢だ。何日かに一度かならず見る、もう見飽きるくらいに見すぎた夢。  ひどく汗をかいていた。のどがカラカラに乾いている。胸の中で、心臓がまだ大きく打ち続けている。  心の中の動揺を隠したまま、ゆっくり顔を上げる。他の乗客の姿は、すでにない。どこかの駅で降りたのだろう。窓の外はすでに暗い。もう何も見えない。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加