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思わず飛び出た声に続いたのは、素っ頓狂な疑問符だった。
しかしそれも無理はない。今、喉から出たのは明らかに自分の声ではなかったからだ。
しかも、この“男にしては少々高めでよく通る声”には聞き覚えがありすぎる。
なぜなら『この人』の声は、ここ数ヶ月毎日のように聞き込んでいて、最近では脳内で余裕で再生できるまでになっていたからだ。
「嘘、だろ……」
瞬間、嫌な予感とおかしな高揚感が葵衣の中で同時に芽吹いた。
前者はそうであって欲しくないと強く願う気持ち。そして後者は熱意と興奮からきた感情だ。
まさか。
いや、そんなはずはない。
でも。
葵衣は落ち着きなく視線を巡らせ、角机の上に銅板鏡を見つけると、一直線に駆け出し、勢いのまま覗きこむ。するとーー。
「あ……」
銅板鏡に映ったのは、滴るような色気を放つ美しい男だった。
気位の高い黒猫を思わせる韓紅色のアーモンドアイに、影が落ちるほどの長い睫。ぽってりと厚みのある赤い唇は熟れきった果実のようで、一瞬にして目を奪われてしまう。
腰の長さまである髪は葵衣が動くたびにサラサラと揺れ、しかも光が当たると漆黒の表面に少しだけ艶やかな朱が混ざって、それはそれは自分自身で触れたくなるほどに美しかった。
身を包む深衣――着丈の長い、袖口と裾が大きく広がっている着物を、幅広の腰帯で留めたもの――は上から下まで鴉のごとく真っ黒であったが、淡藤色の羽織の合わせから覗く襟元の朱雀の刺繍が蠱惑的で、この男の妖しい色気を一層引き立てている。
息を呑むほどの優美とは、このことをいうのだろう。
鏡の中にいる男に見惚れ、葵衣は思わずホゥっとため息を吐く。
が、感動はほんの一瞬だけのことだった。
ため息を吐き終わるとほぼ同時に現実に戻った葵衣が、驚愕と絶望を最大限にまで膨らませ、絶叫を轟かせる。
「うそだろぉぉぉぉぉぉーーーーー!」
まさか。まさか。まさか。まさか。まさか。
いつの間にか自分が、心から愛して止まない中国ドラマ・金龍聖君の世界に入り込んでしまっていたなんて。
しかもーーーーまさか自分がドラマ一極悪非道のキャラクターであり、最終回で主人公に殺される運命にある邪界の第八皇子・蒼翠になってしまっただなんて。
「い、い、い……いやだぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!」
なんで、どうして、の疑問を押し退けて出てきた堪えきれない絶叫が、再び霧に濁る邪界の空に響き渡る。
くすんだ色彩の木々から、大量の烏が慌てふためくように一斉に飛び立った。
そのせいで鼠色の空が異様なまでの黒に染まったが、今の葵衣にはそんな珍景にかまえるほどの余裕なんて、これっぽっちもなかった。
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