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「最近、たっちゃんが眠れないみたいなの」
ファミレスの席に着くなり、結衣が言った。私はランチメニューを眺めつつ、「たっちゃん」を頭に思いうかべてみる。
たっちゃんは結衣がマッチングアプリで出会った男性だ。
結衣から紹介された時、ややぽちゃ体型でずっとニコニコしていた彼の印象は「優しいクマさん」だった。
イケメンではないけれど、結衣には「希望条件バッチリな男性で、雷に打たれたような出会い」だそう。
「眠れないって、仕事の悩みかな」
「違うの。変な話だけどさ、寝てると黒い女が乗ってくるって。それって元カノの生霊じゃないかって、私は疑ってる」
元カノの生霊。
優しいクマさんには似合わない言葉。でも元カノの未練と考えると、分からなくもない。
「よく分かんないけど、本人に言ったりお寺や神社でお祓いしてみたらどうかな」
「生霊は本人も無意識って事もあるんだって。私のたっちゃんを苦しめるなんて、許さない。あそこまで希望通りの彼は二度と現れない。塩でも数珠でもぶち当てて消滅させてやる!」
私は結衣の執着もかなりのものだと、密かに思っていた。
それから、三週間後。
結衣の姿に私は驚いた。ノーメイクで髪もパサパサ。頬も痩けてまるで別人のよう。
「たっちゃんと別れたの」
ぎりぎり聞こえたその言葉にも驚いた。絶対結婚すると言っていたのに。
「生き霊を消そうと、毎週末泊まり込みで様子を見てたの。なかなか出てこなかったけど、ある時たっちゃんの方から、女の声が聞こえて、寝ぼけ眼で見たら……」
結衣が揺れた目で、私を見つめる。結衣の瞳って、こんな真っ黒だったかな。
「私が、たっちゃんに覆いかぶさってたの。離さない離さない離さない、って言ってた」
手のひらで顔を覆い、結衣が声を震わせた。
「いつか、殺してしまう。私も、死んでしまう。だから別れたの」
痩せた腕に魔除けの水晶。
執着は恐ろしい。
もう大丈夫だよ、と結衣を慰め、私は彼にメッセージを送信した。
—これで私たち、付き合えるよ—と。
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