キラキラ

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キラキラ

 三人で遊園地に行ってから数日後。日が沈むちょっと前くらいに、詩音が一人で僕の家にきた。 「夜、ちょっと散歩しようよ」 「いいよ」  僕は母さんに声をかけて家を出る。  二人であれこれ話しながら、夏の終わりの涼しい風が吹く中を歩いて行く。風はやがて潮の匂いを含み、しっとりと僕らを包む。 「気持ちいいね」 「うん。海面がキラキラだ」  いつか見た美海の瞳や、夜空とはまた違ったキラキラ。  詩音と歩いてきた砂浜は誰もいなくて、ただ夕日を映した海面が光ながら揺れていた。 「あのね、私もうすぐ帰るんだ」 「そっか」 「そんでね、受験があるからあんまり手紙書けないかもしれない」 「うん」 「でも夜が手紙くれたらちゃんと読むよ。遅くなっちゃうけど返事も書く。書きたい」  短い髪を潮風に揺らして、詩音は少し前を歩いている。 「わかった。手紙書くよ」 「ありがと、楽しみにしてる」 「ねえ詩音」  僕は言おうか言うまいか悩んでいたことを言うことにする。 「僕はまだもうちょっとここにいる。少なくとも高校くらいまでは小崎町にいると思う。だからね、いつでもきていいんだよ」  返事はない。振り向きもしない。それでも僕は続ける。 「詩音は頑張ってるけど、そればっかじゃ疲れちゃう。別に詩音のおばあちゃんの家じゃなくたってさ、僕や美海の家に泊まりにきたっていいんだよ」  強い風が吹く。空が少しずつ、濃い色になっていく。 「詩音が嫌だと思うところに、いつまでもいることないからね。僕は詩音のこと大好きだから、嫌な思いをしていてほしくない」 「うん」  小さい声が聞こえた。 「ありがと、夜」  詩音は振り向かない。僕も無理に顔を見たりしない。そういうときだってある。  言いたいことは言ったから、あとは二人で黙って歩く。砂浜をひたすら歩いて岩場になったところで堤防へ上がる。  堤防の上から見る海はもうほとんどキラキラじゃなくて、濃い青を映して深く深く揺れている。  それを見ながら詩音がぽつりと言った。 「夜はこの町が嫌だって言ってたでしょ。もういいの」 「うん。ここにはここの良いところがあるから」 「そっか」  やっとこちらを向いた詩音はちょっとだけ笑ってくれた。 「帰りたくないな」 「うん」 「でも、いつまでもここにはいられない」 「うん」 「夜の言うとおり、嫌なところにいつまでもいたくない。だから、詩音は詩音にできることをするんだ」 「うん」  唇を噛んで、眉間にしわを寄せて、それでも詩音は前を向く。  僕の横にいてくれる女の子はみんな強い。でも、だから僕は二人にすがりたくないし、なんかあったら帰っておいでと言いたくなる。 「お父さんみたいだ」    思わず言ってしまったつぶやきに、詩音が不思議そうな顔をする。 「なにが?」 「なんでもない」  僕は詩音のお父さんにも彼氏にもなれない。ただの友達だ。友達としてできることをしたい。 「詩音、いってらっしゃい。また会えるのを楽しみにしてる」 「ありがとう、夜。行ってくる。絶対に帰ってくるよ」  そう言って手をつなぐ。詩音の手は美海の手よりちょっと細い。折らないように、痛くしないように、けど離れないように。僕らは手をつないで詩音のおばあちゃんの家まで行った。  そして手を振ってわかれた。
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