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「こんにちはー。美海いる?」
ほぼ一日かけて、なんとか宿題を提出できる形まで持っていった次の日。僕は美海の家に遊びに行った。なにをするわけでもないけど、疲れたから美海の顔が見たかった。
けど、出てきた美海は思ってたのとちょっと違った。
「美海、髪が」
「うん切ったの。詩音とお揃いだよ」
肩の辺りで揺れていた美海の髪がばっさりとなくなっていた。後ろを見せてもらうと僕よりちょっと長いくらい。詩音とほとんど同じ髪型。
「なにかあった?」
「なんにもないよ。暑かったから、短くしただけ」
「ほんとに?」
そう追求すると、美海はちょっと口ごもってから
「夜には敵わないなあ。まあ上がってよ」
そう苦笑いして家に上げてくれた。
「匠海さんは?」
「お兄ちゃんは学校。文化祭の打ち合わせだって」
お父さんお母さんは仕事でいないと言う。つまり美海と二人きりだ。なんだかドキドキしてきた。
「お兄ちゃんいないから、大したもの出せないけど」
そう言って美海は麦茶を持ってきてくれる。二人で並んでソファに座って、改めて美海の髪を見た。
最初に見たときほどの違和感はない。さっきはちょっとびっくりしただけだ。だけ、なんだけど。いつもは見えない耳の後ろ側とか、首筋とかが見えて緊張する。顎のラインが綺麗だなとか、鼻が小さくてかわいいなとか、まつげが長いなとか。ともかく緊張しないために美海のことを見つめている。
「夜、見過ぎ。恥ずかしいよ」
「ごめん。いつもと違うから、緊張しちゃって」
そわそわと二人でそっぽを向く。美海と二人きりなんてよくあることなのに、僕はどうしてこんなに緊張してるんだ……。
「あ、そうでもないか」
「ん?」
いきなり声を上げた僕に、美海が首をかしげる。
「いや、美海と二人きりって久しぶりだよね」
「そうだっけ。あー……そうかも。夏休み中は詩音やお兄ちゃんがいたしね」
「夏の前も、美海の家に来るのってだいたい休みの日だったから匠海さんも美海のお父さんお母さんもいたし」
だから、二人きりになるのはいつ以来なのかわからないくらい久しぶりだ。うちに美海がくるときも、母さんがいるし。
やばい。緊張してきた。
「あ、そ、そうだ。髪、切ったのはなんかきっかけあった?」
変なことを口走る前に、さっきの続きを話すことにする。美海はちょっと悩んでから、たいしたことじゃないけどと口を開いた。
「夜と詩音がそれぞれ頑張ってるから……私もって思って。まずは外見から変えてみたかったの」
ゆっくりと美海は話す。
「私、そんなに取り柄があるわけじゃなくて、すごいところも、胸を張れるところもない。頑張ってることも、褒められるようなこともなくてさ。でも来年からは中学生でしょ。中学に行ったらクラスがたくさんあって、きっと夜の周りにはいろんな人がいるんだよ」
いきなり出てきた自分の名前に、僕はなんの反応もできない。僕が、関係している?
「そうなったら、きっと夜は私のことなんて忘れちゃうよ。それは寂しいから、ちょっとでも、ちゃんとした自分になりたいっていうか」
「僕が大事なのは美海だけだよ」
「今はそうかもしれないけど」
たくさんの人に出会ったら、そうじゃなくなるかもしれないと美海は言う。
「だからね、そのたくさんの中に埋もれないように、私も頑張りますっていう……決意表明。みたいなもの」
美海は笑って力こぶを作ってみせた。
「そっか。頑張って」
僕に言えるのはそれだけだ。
「でも、僕はどれだけの人がいても美海を見つけたいな」
「ありがと。見つけやすくなるように頑張る」
やっぱり僕はこの子が好きだ。大好きだ。手を伸ばしたら触れる距離にいる女の子。
「そろそろお昼だね。夜はどうする?」
「帰るよ。美海は?」
「お兄ちゃんがもうちょっとしたら帰ってくるから、お昼ごはん作って待ってる」
「そっか」
立ち上がって玄関に向かう。上がりかまちで見送ってくれる美海に触れたくて手を伸ばそうとして、我慢した。ぎゅっと握った手のひらが痛い。
「またね」
「あ、夜」
美海の手が伸びる。首元に少しだけ触れて、すぐ離れる。
「襟、内側に入ってたよ」
「……あり、がと。じゃあ」
僕は逃げるように美海の家を後にした。
たったあれだのけのことでそわそわしてしまう僕は、いつか美海に触れるんだろうか。不安を抱えて家に向かった。
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