貼紙

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 夕方、郵便受けの中身を確認していると町内会の人がチラシを持って歩いていた。配っている訳ではないみたい。 「なんだろう?」  僕は近くの町内会の看板を見に行く。  そこには 『夏祭りのお知らせ』  と書かれた貼紙が貼り出されていた。来週の土曜日に小崎神社で開催されるらしい。 「もうそんな時期なんだ」  つぶやきつつ家に戻る。  小崎町の夏祭りは二回ある。一回目が七月の終わりに行われた七夕祭り。そしてもう一つが先ほど張り出されていた八月の終わりの夏祭り。お盆期間にやらないのは、七夕祭りと近すぎて準備が大変だかららしい。 「あ、夜」  家の前まで戻ると隣の家から美海が出てきた。 「こんばんは。出かけるの?」 「うん。お兄ちゃんに頼まれてお使い」 「僕も行く。ちょっと待ってて」  急いで家に入って、母さんに郵便受けは空だと伝える。それからちょっと出かけてくるとも。 「おまたせ」  美海は笑顔で待っていてくれて、それだけで急いで良かったと思える。  近所のスーパーに砂糖とめんつゆを買いに行くという。 「お母さんが使い切っちゃって、それをお兄ちゃんに言うの忘れてて」  今日の夕ごはんはそうめんだから、めんつゆがないと困るんだ。砂糖はついで。  そんなことを話ながら並んで歩く。夏の終わりの夕暮れ時は涼しい風が吹いていて、僕らの間をゆるゆると通り過ぎる。  長く伸びた二人の影はくっつきそうでくっつかない。僕らそのものだ。  先ほど見た町内会の掲示板の前で美海が立ち止まった。 「夜、夏祭りだって。もう夏休みも終わりだね」 「そだね。ねえ美海、一緒に行こうよ」 「うん。浴衣探しておく」  別に誘わなくたって、だいたい僕らは毎年一緒に夏祭りに行く。でも行くのは一緒でも、神社についたら別の友達と回ることが多くて、美海と並んで見て回ったのはいつが最後だろう。 「今年は最後まで美海とまわりたいな」 「……うん」  僕と美海は幼なじみで、ずっと一緒にいるのが当たり前。でもそうじゃない。僕にとってきみが特別だから一緒にいたいのだと、なんて言えば伝わるのか。  悩みながら歩いているうちにスーパーについてしまう。 「僕が持つよ」  カゴを持って美海の後をついていく。この夏休みまでお菓子コーナーの場所しか知らなかった僕だけど、自由研究の成果もあってなにがどこにあるか、大体わかる。僕よりずっと前からお使いをしてきた美海にはきっと当たり前のことなんだろう。 「サラダも頼まれてて……先に砂糖とめんつゆ入れてもいい? 重いんだけど」 「大丈夫」 「ありがと」  ふとスーパーの中を見回すと、おじいちゃんおばあちゃんの夫婦がいっぱいいた。おじいちゃんがカートを押して、おばあちゃんがものを選んでいる。 (いいなあ)  なにがだ。なにがうらやましいんだ。自分で思いついた感想の理由がわからない。睦まじい老夫婦が? 塩辛をほしがって却下されてるおじいちゃんが? 「夜?」 「あ、ごめん」  ぼーっとしてたら美海に引っ張られた。 「やっぱり重い? 半分持とうか?」 「重いのは大丈夫。あとなんだっけ」 「サラダとかき揚げ」 「あっちだっけ。行こう」  心配そうな美海に笑って誤魔化して歩き出す。先ほどのおじいちゃんは塩辛のかわりにもずくを買ってもらっている。  買い物を済ませてスーパーを出る。先ほどより暗くなった空にいくつかの星が光っている。 「ごめんね、全部持たせちゃって」 「そんなに重くないから大丈夫」  ちょっと嘘。砂糖とめんつゆ、それからサラダとかき揚げは普通に重いしかさばるから持ちにくい。でもそんなかっこ悪い不満を美海に言いたくないのだ。  ちょっと重いから手を引っ張ってと甘えたい気もする。かっこ悪いかな。美海にがっかりされちゃうかな。頭で考えすぎた言葉はこんがらがって出てこない。 「夜」 「うん?」 「やっぱいい」 「気になる」 「……今度言う」  薄暗くて美海がどんな顔をしているかわからない。詩音に聞けばこんなときなんて声をかければいいのか教えてくれるかもしれないけど、詩音はいない。むしろいても情けないとかかっこ悪いとか怒られそう。  あとちょっとで家につく。周りには誰もいなくて、街灯もない。 「美海」 「なあに」 「やっぱりちょっと重いから、手、引っ張って」 「いいよ」  しょうがないなと笑って美海は手を引いてくれた。小さいけど僕の手をしっかり握ってくれる、力強い手。 「ありがと。ごめん、かっこ悪くて」 「ううん。私もつなぎたかったから」  ゆっくりゆっくり家まで歩く。けどすぐについてしまった。 「ありがとう、夜。助かった」 「僕が勝手についていっただけだよ。またね」 「うん。夏祭り、楽しみにしてる」  手を離すのが惜しい。でも明日もあるし、あんまり遅くなると母さんにも匠海さんにも怒られる。だから観念して手を離す。 「僕も夏祭り楽しみにしてる」  今度こそと手を振って、僕は自分の家に戻った。
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