滴る

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滴る

 ドタバタドタバタ。  俺がこんな音出したら、お袋と姉貴にぶち切れられるんだろうなあ。そんな音が玄関、階段、それから廊下と響いて俺の部屋のドアが開かれた。開かれたっつーか、ぶち開けられたっつーか。 「たかとし! 聞いて!」  うるせえ。のそのそと寝そべっていたベッドから起き上がる。 「ねえ、わたし、かわいいよね⁉」 「あー……かわいい。かわいいんじゃねえか」  そうだよね⁉ なんて、俺の意見なんかほとんど聞いていないこいつは田崎ほのか。幼なじみの女の子。女の子って呼ぶほどかわいらしいヤツではないけど。けど俺にとっては、一番かわいいと思う。ぜっっっっったいに口には出さない。俺のことをニャンタカと呼ばない数少ない彼女。  勝手に机の横にある椅子に座って、ぎゃんぎゃんと吠えている。  で、こいつが騒いでいるのは、あれだ。同級生の佐々木夜についてだ。なんだか知らんが、五年生の終わりくらいから、ほのかは夜がかっこいいだのなんだの騒いでいる。  そうか? たしかに夜は顔がいい。だってなー、あいつん家、父ちゃんも母ちゃんも綺麗な顔してっからなー。なるほど、これが遺伝……。みたいな。  あと夜は勉強もできる。ちょっと引くくらいできる。頭の回転がなー……違うんだよなー……。そのくせブツブツいいながらも、わかんないところは教えてくれる。なんなの。完璧なの。  けど、俺も含めてみんなのそういう夜へのイメージが変わったのが、去年の秋だ。  夜は夜中に家出して、先生たちにめちゃくちゃ怒られた。家出した理由が 「一人で見つけたいものがあったんだ」  ということで、一部の連中は 『じゃー、しょうがないなー』  みたいな、なんかのほほんとした? 雰囲気になって、他は、 『バカじゃん』  なんて呆れてた。  俺はしょうがないなーの方。だって男だろ? 一人で探したいモノくらい、あるだろ。  ほのかはといえば 『かっこいい!』  と盛り上がった。そういうことだ。 「なのに佐々木くん、ぜんぜんわたしに興味なさそう」  ほのかは俺がぼんやりしている間にも、延々と愚痴を垂れ流している。さっきまで夜に宿題を教えてもらいに行っていたけど、部屋に入れてくれず、図書館でも聞けば答えるけどそれ以外はなにも言ってくれず。  あまつさえ(ほのかはときどき難しい言葉を使う)、川瀬だったら部屋に入れたと言われ、くつじょく? で最悪な気分なので勢い余って俺の部屋に駆け込んできた……ということだ。 「それでね」  最後に言われたのが俺と夜の違いなんだそうだ。巻き込むなよ。  夜に呪いを飛ばしつつ外を見る。空は憎たらしいくらい明るくぴかぴかと輝いている。 「で? どうなんだよ」 「なにが」  ほのかは頬を膨らましたままこちらを見下ろす。顔は不機嫌そのものなのに、両手は膝の上で揃えられ、膝はもちろんきちんと閉じて傾けられている。こういうとこはなー……女の子っぽくてポイント高いんだけどなー。でも怖いんだよなー。 「夜が言ってたことだよ。おまえにとって夜と俺は扱いが違うだろ」 「あたりまえじゃん」 「夜にとってもそうなんだろ。川瀬とほのかじゃ違う」  むすっとしたまま、ほのかは俺を睨んでいる。おまえだって気づいてるだろ。夜が川瀬を見てるときの顔つきと、それ以外の連中を見ているときの顔の違い。  しかもあれ本人……夜と川瀬は気づいてないんだぞ。どういうことだよ。 「わかってるよ。わかって、いるけどさ」  でも、とほのかがつぶやく。 「しょうがないなー! ほら、いくぞ!」  うつむくほのかなんか見たくない。それも夜のことなんかで、うつむいてしょんぼりするほのかなんか最悪だ。  だから、俺はこいつを連れ出すのだ。 「母ちゃん、ちょっと出かけてくるー!」 「はいはーい。昼は?」 「それまで帰る。こいつの分も、なんか用意しといて」 「じゃあ、ほのちゃんママも呼んじゃう」  お袋の軽すぎる返事に、ほのかが目を丸くした。 「す、すみません!」 「いいのよ。孝寿が引っ張り回してごめんねえ」  そして俺とほのかは家を飛び出して海に向かう。潮の匂いとべたついた風に、ほのかが文句を言うけど知ったことじゃない。 「髪も服もぐしゃぐしゃ!」 「ぐしゃぐしゃだろうが、なんだろうが! おまえはかわいい!」 「佐々木くんに言われたいー!」 「贅沢言うな! 俺で我慢しとけ!」  そんなふうに、全然かみ合ってないことを、二人で海に叫んだ。  俺の目からも、ほのかの目からも、涙なんて一つもこぼれなかった。
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