天の川

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天の川

 七夕祭りの夕方。僕は美海と詩音と河へ向かう。河辺にはたくさんの人が集まっていて僕らもそこに混じって昨日書いた紙を河へ流す。 「佐々木くん!」  紙の行方を眺めていると突然名前を呼ばれる。振り返ると田崎さんと、少し後ろにニャンタカがいた。 「ニャンタカ! 宿題! 自分でやってる?」  僕は慌ただしくニャンタカの方へ走る。ニャンタカは呆れた顔で、 「お前……」  なんて言う。けど無理だ。 「無理」 「ひどいやつだ」  僕はニャンタカの背中を押してその場から離れた。  夜は、ほのかに話しかけられた途端、はじかれたようにわざとらしくニャンタカと人混みに消えてしまった。消える間際にごめんと口パクするのが腹立たしい。  えー……どうすんのこれ。めちゃくちゃ目を細くした詩音と、唇をかむほのかと共に残されてしまう。 「詩音、川下の方に行ってみようか。ほのか、またね」 「ん」  恐ろしく静かな詩音の腕を引いてその場を離れようとする。けどほのかは真っ直ぐに私と、そして詩音を見た。 「二人は佐々木くんと仲がいいんだね」 「幼なじみだから」  なんかもう怖いので無難に答える。そんなこと、ほのかにはお見通しで引き下がってはくれなかった。 「矢先さんは違うでしょ。美海ちゃんだって本当にそれだけ?」  ほのかの燃えるような目になんだか無性にイラッとした。うるさいなあ、もう。知らないよ。ああ、そうか。夜もこういう気持ちなんだ。私と夜、詩音と夜の間がどうかなんてほのかに関係ない。 「さあ、どうだろうね」  だからつい。つい挑発してしまった。  横で詩音がふきだす。 「えと、田崎ほのかさんだっけ。視野が狭い。夜以外の人のことも見てみなよ」 「は? よそ者が口を挟まないで」  地を這うような声が、ほのかの口からこぼれる。怖いという気持ちと苛立ちと、あとちょっと面倒くさい。私は少し夜に似てきたのかもしれなくて、そう思うと自然と笑みがこぼれた。  そんな私をよそに詩音がほのかに向き合った。詩音とほのかは相性悪いだろうなー……。他人事のように考える。  詩音は中性的な子だ。ベリーショートの髪にすらっとしたパンツスタイル。きりっとしたつり目に、はっきりしたしゃべり方。背も高いし男の子だったらときめいていたかも。女の子だってわかっていても、たまにドキッとしちゃうくらいだし。  一方のほのかは真逆。ふんわりしたロングヘアをゆるいお団子にして、裾の広がったかわいらしいワンピースを着ている。大きくてきらきらの目に、普段はいかにも女の子な舌足らずなしゃべり方。自分の小柄な外見を目一杯かわいらしく見せている。ただ、ちょっと猫かぶりでギャップが激しいだけだ。  そんな正反対な二人が火花を散らしている。おっかしーなー。初対面のはずなんだけどなー。 「よそ者にもわかることがわからないくらい、自分の視野が狭いって気づきなよ」 「な、なにそれ! なんにも知らないくせに」 「知らない。知らない相手に、八つ当たりしないで」  やばい……こわい……。二人の顔を見比べる。詩音は無表情でほのかを見据え、ほのかの方は口をへの字にして目は燃えさかっている。なるほどこれがキャットファイト。昨日見たドラマで知った言葉だ。 「ふふ、仲悪すぎ」  つい笑ってしまって二人に睨まれる。 「美海ぃ?」  ジト目の詩音が低い声を出す。 「ごめん。だって詩音とほのかって話すの初めてだよね? 初対面で仲悪すぎでしょ」  あはは。堪えきれなくて思いっきり笑ってしまった。詩音は目を丸くしてほのかに振り返る。ほのかも同じように目を丸くして、詩音と見つめ合った。 「台無しじゃん。美海さあ、もう」 「ほんと、しょうがないなあ美海ちゃんは」  二人は呆れたような声を出して、それから同じように笑い出した。三人でひとしきり笑ってお腹が痛くなってひーひー言ってたら遠くから夜とニャンタカが戻ってきた。 「ほのか」  私はまだちょっと笑いながら、ニャンタカを指さす。やってきたニャンタカはきょとんとした顔で立ち止まる。 「あんたの彦星、迎えにきたよ」 「違うし! もういい。帰ろう孝寿」 「ええ、なんなの」  ニャンタカはぶつくさ言いながらも、ほのかの後を追っていく。  私はため息を吐いてから、ほのかと入れ違いでやってきた夜を睨んだ。 「よーるー! ほのかが面倒だからって私と詩音に押しつけて逃げたでしょ」 「う、ごめん」  夜は視線をさまよわせてから、でも最後に私と詩音を見て頭を下げた。 「大変だったんだからね? っとに! 罰として私と詩音にアイスおごって。明日でいいから」 「ごめん。わかった。明日、また美海の家に行く」 「よろしい。詩音もそれでいい?」  横でまだちょっと笑っている詩音に聞くと、詩音は「いいよ」と頷いた。 「疲れちゃった。帰ろう」  まだ笑っている詩音の手を引く。反対の手を困った顔で立ち尽くす夜に差し出すと、夜はちょっとほっとした顔で手を取ってくれた。
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