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ふたしずく
今回の個展に飾るのに充分な余裕のある日だった。
「でけたー! うおォまにあった俺ブラボー! 見てちょ秀彦」
「うん見てる」
並んで立った青年男子のふたりよりある大きさの、原初の海の水が雨と降る壮大な絵。
見れば見るほど体が震えてくる。
なんだこれ。
制作過程をずっと見てきた秀彦であっても、改めて見るに惹かれる。
この雨の世界の匂いを感じる。
「青い匂いよん。わかる? そう云う世界」
「ああ。雨の日に思いだす色々、絵の形にするとこんなかもしれん。やったな」
「でしょでしょ? 俺ちゃんもなんだよ。こう云う空気のこと、ね」
静司はうれしかった。
秀彦といっしょ。
それは秀彦もいっしょ。
「よくできたな。はい、お手」
「わん」
「おかわり」
「わん」
「ちん〇ん」
「もー!」
ごほうびのキスをもらって、静司はホントうれしそうに秀彦に寄りかかった。
今日も雨だ。
なつかしい。
この音、空気、匂い、青の色。
「秀彦は強いよね。俺、ずっと昔からお前を知ってるよ」
「そうか」
ふたりそろって雨音に耳をすます。
たん、たん、たたた。
軽快なリズムが体の中へ跳ねる。
静司は自分で描いた絵とて、その世界に見入っていた。
「なんだろ、不思議な心地。何かがむかえに来てくれるような」
「また。描く以外で本読みすぎだろ。安いファンタジみてーなこと言いやがって、昔から」
「ケンカばっかだったよりは良いと思うけど?」
「本読んで頭もきたえてる。あ、こないだの新刊読んだ。証拠に感想を述べるか。ついでに珈琲でも飲み行こうぜ」
「うん! ケーキも食べたい」
しっぽふりふりの犬は飼い主と傘さして出かけた。
絵は『ナンムの雨』と名付けられた。
さてこのふたり。
静司は、静けさを司ってんのならなんて名前が本人に負けているんだろう?
秀彦も、秀でたようにあいくるしいのなら、なんだこの仏頂面は?
ふたりはそれぞれについて、そんなことを思い考え成人年齢をこえた現在まで、マブダチだった。
なんかあんたら距離近いね。
ゲイ? あらやだ素敵。
あのさ、なんか妄想書くから、読んでくれない?
女どもからそんなからかいを受けるの、慣れっこだ。
今日も秀彦は、妄想女子からのたくましいBL小説に目をとおしていた。
今日も雨の日。
昔のことを思いだす頭で読むそれは、なんとも味わい深い。
これ読ましたら狂喜する静司が目に浮かぶ。
や、うん。
まァそう云う関係だ。
ふたりそろって異議なし。
秀彦は時計を見た。
そろそろ行くか。
今日から始まった静司の個展会場へ。
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