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みしずく
「もー、遅いよォ。待ってたんだぜマイスイート!」
「あやまる。かわりにうるせェ」
そっけなくもまなざしにぬくもりある秀彦を静司は好き。
個展は毎回のことながら盛況だ。
『ナンムの雨』もさっそく予想以上に良い評価を得ていた。
白いシャツにゆったりした黒いハーフパンツで髪をあげ、いかにもゲージュツ家な静司は、さすが慣れててひっきりなしに寄ってくる誰もへマイペースかつソツのない対応をしていた。
こう云うことはできる世渡り上手。
写真撮影にもこころよく応じる。
秀彦もパートナとしてできるだけ愛想よい表情を浮かべていた。
「あー、づかれた」
控室で肩もまれてんのは秀彦だった。
もんでるのは静司だ。
相棒とちがって生来無愛想な秀彦に、ああ云うのはだいぶこたえる。
「ま、ま、殿。ほーらドクターペッパー。冷えてまっせ」
「ありがとよ」
チェリーフレーバのその飲み物は、ふたりが愛してやまない飲料だ。
個展は本当の世界へ近づく、儀式。
静司は取材のときによくそうコメントしていた。
今日もそんなこと語って本日終了のがらんとした会場で、ふたりはあの絵の前に居た。
まだやまない雨の音がそこはかとなく聞こえる。
「俺も、お前のことずっと昔から知ってるよ」
静司はきょとんとして秀彦を見た。
しかし一瞬ののち、だっこちゃんみたく抱きつく反応をした。
「いつかの俺ちゃんの言葉だよね? ね!」
ふへへへへ。
お前は少年か? てくらい無邪気な青年の笑顔。
これを守るために俺は居るんだ。
秀彦はナイトの自分を意識した。
「えー!? セージ・アメノのパートナのヒト?」
「うわ本当につれてきてくれたんだ。良いね実物!」
「ねー? 男って見栄はって嘘ばっかだと思ってたよ。違うんだやるじゃん」
女ウザいわ帰りてェわ。
夜も始まったばかりの街で、お洒落着で武装した秀彦は合コンの席に居た。
今をときめく人気画伯セージ・アメノのパートナ。
と、云うだけで喰いつく腐女子が多い、よって、腐女子でも良いからハニーがほしい男どもの合コンの席で良い客寄せパンダになれる秀彦だった。
なぜ静司本人が呼ばれんかと云うと、あまりにもオコサマで女子はかえって引くからだ。
無愛想でもなんでもそこに居りゃクールでミステリアスな空気漂わすアロマディフューザの秀彦。
はっきり云って義理とタダ酒タダめしのメリットだけでそこに居る。
女として求められずともおいしい妄想のネタとして秀彦をちやほやできる女子を、なんてもてなし上手なんだろう、と、感心して久しい。
今夜は参加したうちふたりがお持ち帰りできてよかったね、と、手をふって秀彦は帰路についた。
「ただいま」
「おかえんなさーい」
アトリエと同じ建物、同棲する居住用の部屋で、静司はあの炭酸飲料を片手に秀彦をむかえた。
わんこみたいに目をきらきらさして、見えないしっぽふって駈けてくる静司はいつも秀彦を和ませる。
何してたと訊かれ、静司はもう片手に持っていた本をふった。
「今日のお客さんからもらっちゃった。なんかねー、たのしい!」
「そうか。ほれ、土産」
「うわァおケーキ様しかもなによフルーツたんと! センキュー」
秀彦にキスした口は、すぐみずみずしい果物たっぷりのケーキへかぶりついた。
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