第二章 友達 2

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第二章 友達 2

「あの写真集、本当に素敵でした。お母様が大切にされていたのが分かります。空ってこんなに色んな表情を持ってたんだなぁって、感動しました。朝も昼も夜も……それぞれの美しさがあって。毎日見ているつもりでいたけど、自分はちっともちゃんと空を見ていなかったんだなと反省したくらいです」 拓海はそうしてあの本がいかに素晴らしいかを、キラキラとした、けれどどこか遠い目で詳しく語った。冬樹はただ静かに頷きながら、自分では見る勇気の無かった遺品がそんな本だったのか、と生前の母に想いを巡らせた。 けれどふと話しが途切れた瞬間、拓海の表情から笑顔が消えた。 「本当に、ページをめくる度に色んな事を思い出しました……。薄れていた父の記憶も色々と思い出せましたし、辛くてしまい込んでた出来事も思い出しました。ずっと思い出さないようにしていたのに……」 「辛い出来事……?」 思わぬ単語に冬樹は反射的に声を上げた。 拓海はハッと我に返ったように冬樹の顔を見つめると、顔を青くして慌てて首を振った。 「あっ!いや、そんな大したことじゃないんです!学生時代の、きっと誰もが1つや2つある類のヤツだと……!」 「…………あぁ、なるほど」 いったいそれがどんな内容なのか気になりつつも、きっとよくある黒歴史のようなものなのだろう、と冬樹はそれ以上聞き出すのを諦めた。 拓海はホッとしたように胸に手を当てて軽く息を吐くと、目を伏せて微笑んだ。 「ただ……“思い出す時は受け入れる準備が出来た時”って前に聞いたことがあるから、俺もちょっとは強くなれたのかなぁなんて、思って」 「あなたは十分、強いと思いますよ」 冬樹は思わず、被せるようにそう言っていた。拓海は、その言葉を飲み込むことが出来ないといった怪訝な表情でこちらを見た。 冬樹はコホンと一つ咳払いをして、改めて口を開いた。 「あなたは強くて、優しい人だと思います。見ず知らずの得体の知れない酔っ払いにあれだけ心を砕いてくださったんですから」 相変わらず困惑したような顔で拓海は小さく首を振った。 「あの日、嶋さんががああして声を掛けてくれたこと、本当にありがたく思っています。自分でもどうしてあんな風になったのか分からなかった俺に、あなたが気が付いてくれた。今まで俺の人生でそんな人はいませんでした。気が付いてもらえるということ、それがどれだけかけがえのない事なのかを、あの日初めて知りました。だから……」 いささか喋りすぎかもしれないと思いながらも、冬樹は何とか気持ちを伝えようと必死に言葉を紡いだ。 「例え今何も出来る事が無くても、きっとそのご友人は、あなたが心を砕いてくれている、ただそれだけで心強いんじゃないでしょうか」 「…………ありがとうございます。そうだと嬉しいです」 震える声でそう答えた拓海の瞳からハラリと涙が零れ落ちた。彼がそれを袖でゴシゴシと擦るので、冬樹は急いでティッシュを差し出した。俯いた彼の耳元が赤く染まっているように見えた。 「あの本の事、話してくださってありがとうございました。おかげで……今更ですが、少しは母の事が分かったような気がします」 冬樹は拓海が落ち着いた頃合いを見計らって、そう静かに言った。拓海は赤らんだ目をこちらに向けると複雑そうな顔で笑った。 「いえ、こちらこそ……聞いてくれてありがとうございました」 そう言いながらまた何かを思い出したのか、拓海の瞳が再び潤んだ。彼は何かを言おうと口を開きかけたものの声にはならず、キュッと唇を引き結ぶと手に持ったティッシュの中に顔をうずめた。 冬樹は拓海の次の言葉を待ってみたものの、もうしばらく彼が話せる状態にはならなそうだと判断して口を開いた。 「少しだけ、父の告別式での話を聞いてもらえますか?」 “告別式”という単語に拓海の肩がピクリと震えた。それを見て、冬樹はやはり迷惑だったかと話題を変えようと思った。だがそう思った瞬間、小さく縦に彼の頭が動いた。 「ありがとうございます」 冬樹が礼を言うと、今度は横に頭が振れた。 冬樹は一度席を立って、目を冷やす用に保冷剤をタオルに巻いたものを取ってきた。拓海にそれを渡して、一度呼吸を整えてから、ようやく話し始めた。
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