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epilogue 2 訣別
電車の遅延で少し遅れそうだという二人を待つ間、雅尚は忙しなく行き交う人々をぼんやりと窓越しに眺めていた。チェーン店のカフェの、通りに面した一人用の席は雅尚のお気に入りだった。
目の前を通り過ぎる見知らぬ彼らが、何を考えどんな風に生きているのか、勝手に想像を巡らせるこの時間が相変わらず好きだった。
(拓海とラン、もうすぐ来るかな……?)
アイスコーヒーを飲み干すと、ケータイに表示された時刻を確認して雅尚は席を立った。
雅尚は冬樹とはあれから一度も連絡を取っていない。けれど拓海とは以前と変わらぬ関係を続けていた。
流石に拓海もしばらくの間は気まずそうにしていたが、雅尚が積極的に連絡を取るようにしたことで、次第に元の関係を取り戻すことが出来たのだった。
そして先日、拓海から結婚指輪を買ったと聞いたので、是非二人揃ってお祝いさせて欲しいと雅尚から申し出たのだった。
久しぶりに冬樹と顔を合わせるのは少し緊張するが、心は意外と落ち着いていた。きっと、最後にきちんと気持ちを伝える機会を拓海が作ってくれたおかげだと思う。
今はただ、幸せそうな二人を見るのが楽しみだった。
「なんでお前がここにいるんだ?!」
雅尚が店の外に出ると、少し離れた場所から何やら言い合っているような声が聞こえてきた。
「っるせぇな!偶然だって言ってんだろ?!」
「そんな偶然が何度もあってたまるか!」
「知らねえよ!本当だってば!!」
(こんな所で迷惑だなぁ……)
そう思いながら雅尚は何気なくそちらを見た。すると目を疑うような光景が飛び込んできた。
「何してるんですか?!」
雅尚は慌てて駆け寄ると、彼らの間に割って入った。なんと人だかりの中心に、拓海と冬樹が居たのだった。
「公衆の面前で、大声出してなんなんですか?」
雅尚は両腕を広げて自分が盾になると、二人と揉めているらしい人物を睨み付けた。
「なんだお前?!」
「!!」
(この男は……)
男の顔を見た雅尚は再び驚いた。彼は高校の2つ上の先輩、高梨だった。
(どうしてこの人が?)
この数年、拓海から彼の名前を聞いたことは無かったが、卒業してからも付き合いがあったのだろうか?だとしたら、どうして揉めているのだろうか。
「ナオ……っ」
背中から、拓海の申し訳なさそうな声が小さく聞こえた。
「とりあえず、どこかの店に入りましょう。それとも、この野次馬の中で言い争いを続けたいですか?」
有無を言わさぬ調子で雅尚が男に言うと、彼は苦々しい表情で「別に俺だって」と呟いた。
皆で道の端に移動すると、囲んでいた野次馬もどこかに消えた。気まずい沈黙が流れる中、高梨が重い口を開いた。
「ならウチの店に来いよ。もうすぐ出勤の時間だし……」
「店……?」
雅尚が聞き返すと、高梨は不機嫌そうに頷いた。
「バーだよ。電車で二駅ぐらい先だけど」
「……って言ってるけど、どうする?」
男の提案をどうすべきか、雅尚は二人を振り返って確認した。拓海も冬樹も困惑したように無言で顔を見合わせた。
「……ってゆーか、お前らもその方が安心なんじゃねぇの?」
「え?」
どういう事だろうかと三人は高梨の顔を見た。
「知り合いなんだろ?ノブさん……マスターと」
「っ?!」
高梨の一言に、二人が凍りついたのを雅尚は感じた。安心させる為に言ったのであろう高梨も、二人の反応が思ったものと違って戸惑ったようだった。
「拓海、どうする?」
冬樹が心配そうに拓海に訊ねた。拓海はしばらく俯いたまま、顔を上げなかった。冬樹は拓海の腕を支えるようにそっと掴んだ。その手がわずかに震えているのが雅尚の目に映った。
拓海は一度大きく深呼吸をすると、覚悟を決めたように顔を上げて冬樹を見た。
「…………行く。また迷惑かけると思うけど、いい?」
「俺は構わない……けど」
本当に大丈夫か?と冬樹が小さな声で拓海に確認するのが聞こえた。拓海は静かに頷いた。
雅尚は冬樹が一体何をそんなに不安がっているのだろうかと不思議に思った。
「ナオも……いいかな」
拓海が振り返って訊ねたので、雅尚は静かに頷いた。
「俺は構わないよ」
「ごめんね、せっかく……」
申し訳なさそうに拓海が言った。実は何度か調整して、ようやく三人の予定を合わせられたのが今日だった。
雅尚は笑って首を横に振った。
「それは気にしないで。また今度お祝いしよ」
「……うん」
本当に残念そうに拓海は頷いた。
次の機会には邪魔が入らないよう、二人の家でお祝いさせてもらおうかなと思いながら、雅尚は彼らの後に付いていった。
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