epilogue 1 家族

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冬樹は二人の反応を見て、しまったと思った。いつもコレで失敗するのに、いつまでも学ばない。 冬樹はいわゆる“普通の家庭”というものを知らない。だから、他の人から聞く家族の姿は新鮮で、羨ましかった。 けれどそれを素直に伝えてしまうと、いつも「嫌味か」と敬遠されてしまうのだった。 この二人にもそんな誤解をされてしまったら耐えられない。 冬樹はこの気持ちをどう伝えれば良いのかと内心うろたえた。二人の暖かな親子関係を見て、心から素敵だと思ったのだということを何とか伝えたかった。 「も~、何言ってんの!やだなぁ!」 けれど冬樹の心配とは裏腹に、紗江は冬樹の言葉をカラカラと笑い飛ばした。 「お恥ずかしいところをお見せしちゃって、ねぇ?」 楽しそうに笑いながら、彼女は拓海に同意を求めた。拓海も照れくさそうに顔を赤らめながら笑っていた。 「ああいう軽口言ってばっかりなんだよ、我が家は」 「驚かせちゃったかしら。ごめんなさいね」 二人の優しい視線に、冬樹は心から安堵した。 「いえ……。今日、二人を見ていて……凄く、この辺が暖かくなりました」 胸の辺りを押さえて冬樹は微笑んだ。 「そう言ってもらえて嬉しいわ。これからは、あなたも私のもう一人の“大事な息子”だと思ってるからね」 「ありがとうございます。お会い出来て本当に良かったです。これから、宜しくお願いします」 「もちろん!こちらこそ……拓海のこと、宜しくお願いします」 そう言って頭を下げる彼女の慈愛に満ちた表情に、冬樹は涙が出そうになった。 ほんの数時間の滞在だったが、拓海の実家への訪問は冬樹の中で確実に何かが変わるような体験だった。二人の姿を見て、幼少期に埋められなかった淋しさを少し埋められたような気がした。 もちろんそれは、拓海が冬樹に疎外感を感じさせないよう、細心の注意を払ってくれたからだろう。紗江からも、そういう心遣いを感じた。 今回、拓海の父の仏壇の前で手を合わせることが出来たのも、本当に嬉しかった。少し色褪せた写真の男性は、誰に聞かなくても分かるぐらい拓海とよく似ていた。拓海を大切にすると誓うと共に、この人にいつどこから見られていても恥ずかしくないような人生を歩みたい、と冬樹は思った。 「今日は良い一日だったなぁ……」 しみじみそう言いながら、拓海がベッドに倒れ込んだ。そして大切そうに左手薬指の指輪を外すと、改めてそれをじっくりと眺めた。 指輪は表面は極シンプルなデザインを選んだ。そして内側に一粒ダイヤを嵌めてもらい、刻印に二人のイニシャルと「足並みを揃えて」を意味するラテン語Pari passuを入れてもらった。 それはこれからの人生を、一歩一歩、共に歩んでいきたいという想いで二人で選んだものだった。特別だけど特別じゃない小さな幸せを、二人で積み重ねていきたい、そんな気持ちを指輪に込めた。 「……ユキのおかげだ。あんなに嬉しそうな母さん、久しぶりに見たよ」 指輪を嵌め直しながら、そう言って拓海は眠そうな顔で微笑んだ。 「なら良かった」 冬樹はベッドサイドに腰掛けて、優しく拓海にキスをした。 「今日は何度も、拓海に出会えて良かったなと思ったよ。この人達から拓海が生まれて、大切に育てられて……そうやって今の拓海があるんだと感じられて嬉しかった」 俺を愛してくれてありがとう、と言ってもう一度キスをすると、拓海が「俺こそ……」と言ってフニャリと笑った。 冬樹がそっと頭を撫でると、拓海は直ぐに眠りに落ちていった。きっと自分以上に緊張していたのだろうと冬樹は思った。 「お休み……」 小さな声でそう言って、冬樹は拓海の隣にそっと潜り込んだ。
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